平成13年12月     今年もそろそろ終わり       2001.12

12月28日(金)

君の友人を教えなさい。そうすれば君がどういう人間か言ってみせよう  はセルバンテスの言葉

【20407日】

 今年もいよいよ残すところわずかという土壇場に来てまでも、ずる休みをするという、この根性の悪さ・・・。
なんと目が醒めたら、6時だった。階段を下りキッチンを見ると夕餉の支度はできているものの、どこを見回しても和子の姿は見えない・・・夜の6時といえば、吐夢が開店する時間なのだから、当然ながら居るわけがない。
昨夜、映芸のコバちゃんと会長と三人で、一番街に出来た庄屋で朝方の5時過ぎまで呑んでいたのが、この顛末。
とはいえ、12時間睡眠よくもこの歳でここまで寝られるものだと、我ながらほとほと感心してしまうのだった。
7時、すでに顔も洗い歯も磨き風呂にも入り着替えもしたというのに、目が醒めない。クッションに寄りかかってテレビを見ていると、またぞろ睡魔が襲ってきたので、そのまま吸い込まれるようにうたた寝、目が醒めたら9時。
あらら、もはや出勤時間はとうに過ぎてしまっているではないか、なんてこった!あらら、テレビではロードショーで観たことがある佐野史郎監督主演映画<カラオケ>が・・・ついつい見入ってしまって・・・えぇ〜い臨休決定!

12月26日(水)

【20405日】

 ちょうど10年前の今日、東京は何時にない大雪が降り、オレにとって一生忘れることのできない一日になった。  あの年のクリスマスの25日は、寒気が体の芯まで痛めつけてくれる厳しい一日だったが、この地に帰ってきた友人が旧中杉通りに開店した<台所酒場G>で、吐夢、鈍我楽、娥楽亭各店の年の瀬恒例行事である忘年会を兼ねたクリスマス慰労会で飲み明かし、大いに騒ぎ賑わった。飲み疲れ話し疲れた連中と「また明日」と別れ、和子とふたり寒風の中をフラリフラフラ歩いて我が家にたどり着き、崩れ倒れ込むように床に就いたのが午前2時頃。どのくらい寝ただろうか、隣の部屋で電話が止むことなく鳴っているのに気づいた。寝ぼけ眼で時計を見ると、床に就いてから大した時間も経っていない午前4時。床から這いずり出て受話器を取ると「おかぁさまが危篤です一時も早くおいでください!」電話の向こうは二年近く意識も戻らず寝たきり状態が続く母がお世話になっている病院の看護婦だった。
何時間経ったろうか、まんじりともせずに見守っていたベッドの母が、一瞬「ふぅぉう〜」と奇妙な一呼吸をした。体に残るアルコールと徹夜の明けの霞んだ頭が、現実となってしまった母の死をどうしても受け入れようとしない。愚かな息子と寸分も動こうとしない母の病室は限りない静寂が続いていたが、我にかえりナースコールを押した。
穏やかな寝顔のままに逝ってしまった母の死亡時刻を、当直の医者から「12月26日午前8時です」と告げられ、ぼんやりとカーテンを開けると、いつの間に降り出したのか、外の世界は、驚くような白銀の世界にかわっていた。  
 母の命日は、あの日と同じ床屋に行句のが恒例。その足で<ボディハウスH>でカイロプラティックで整体、スピーカーが変わったという噂を小耳に挟んだので、勢いつけて吉祥寺のジャズ喫茶<A&F>で二時間ばかり試聴。
オデオン座でトム・クルーズの新作<バニラ・スカイ>を観賞。ユニクロに寄ろうと思ったが横目で流し、阿佐ヶ谷に帰り店を開け店を閉め吐夢に行き<あるぽらん>Sくんと飲み、彼と一番街のZで朝の5時まで痛飲。
毎年のことながら、この日ばかりは「母の分、オヤジの分も生きてやるぞ」のテーマで、精力的に動いたのだった。

12月23日(日)

気軽に約束しない人は、必ず約束を守る  はルソーの言葉

【20402日】

 今年の重大ニュースのひとつにもなろうかという天皇の出自発言は些かどころか、青天の霹靂今年一番の驚きだ。2600年以上もの歴史を誇り、国内のあらゆるところに墳墓公用地を秘し、国の頂点に位置しながら、日本国籍を持たぬこの不思議な天皇家という家族には、何時の時代も血脈血流の噂の火種が、国民の間で消えたことはない。
日本帝国の現人神が人間宣言をした戦後、<またまた現れ出でたか天皇の御落胤傍流血流係累>の見出しが新聞紙面を飛び交った。そのなかでも南北朝秘史、南朝の末裔と名乗り出た<熊沢天皇事件>は、熊沢という姓氏の歴史的な確実性という説得力があってか、端からバカにできるような眉唾物ではなかった。またこれはGHQの策略陰謀という後ろ盾もあり、戦後の平和ニッポンを象徴する天皇家の血族血脈を利用した騒動の火種をばらまいたものだった。平成の御代になり、こんな大騒動の立て役者になれるほどの大人物が現れる土壌はなくなってしまったのかと思ったら、現天皇自ら<わが祖先の血は朝鮮半島の王族と繋がり・・・>と公言してしまった。やはりあの方々が日本の土壌そのものなのかと驚きながらも、日本の秘密最奥部のベールが現れ出でてきそうで、なにやら拍子が抜けそうだ!

12月21日(金)

男はタフでなければ生きていけない、優しくなければ生きていく資格がない は二度目の登場

【20400日】

 昨日、片岡の阪神入りのニュースを見ていたら古巣へのしがらみに囚われた日本人独特の苦渋の表情が良かった。今日、ニュースを見ていたら大リーグの野茂が、またまたドジャースに復帰するというではないか。
かつて追い出されるように去った古巣ドジャースへの復帰にたいする野茂のコメントを聞いていたら「自分を必要としてくれているところだからドジャースへ来ただけのこと」、といったような、実にさばさばした小気味の良い発言が聞かれた。
昨日の片岡、今日の野茂。それぞれがそれぞれのあり方で、それはそれで男らしく周囲での言葉は多くいらない姿。さぁ〜オレも男らしく、颯爽と背筋を伸ばして出かけてみるか、おっと妙なセリフが浮かんだので書いておこう。
<お仙泣かすな虎肥やせ>、来年の6月頃には、きっとどこかのスポーツ新聞が、このフレーズを使うこと必定。今日、オレが突然思いついたフレーズ。今のうちに一番乗りでどっかに著作権パテント登録できないものだろうか?

12月18日(火)

苦しみの代償は経験である はアキレスの言葉

【20397日】

 ポストを開けると、永島先生と長浜さちからの小包が届いている、開封すると二つ共に本と手紙が入っていた。
先生からの手紙は何時のことだったろうかと、思いを馳せながら開封すると、今月の20日に刊行される「旅人くん第二号」(道出版)と、先日送ったCDの謝辞と、先生の近況報告の手紙だったのが、切ないほどに嬉しかった。
和子が「旅人くん」第一号を「先生の本を書店で見つけたよ」と買ってきてくれたのは、今年の夏の暮れだった。
近年、体をそこなわれた先生の作品を書店で見かけなくなってから久しいので、それはとても嬉しいことだった。
「旅人くん」一号のあとがきで先生の独白<30年書き続けてきたが単行本になるのは久しぶりのこと>とあったのを記憶していたので、今年後半に入ってから慌ただしく二冊目が発刊されるとは思いもかけないことだった。
このことは先生の病気のこともあり、今日届いた手紙の内容とあいまって嬉しさいっぱいになってしまうのだった。長浜さちは、かつて<千葉てつや賞>をもものした力量溢れる漫画家なのだが、どうにも性格的に問題があるようで、あえてその力を使う場所に出向かないという、あまのじゃく的なところがあったようだ。が結婚、出産を機に遅ればせながら、その力を使うべき意思の表れが見えてくるようになった。今日送られてきたのもその片鱗なので、永島先生の本と共に
http://www.asagaya-net.comのBOOKSというコーナーで紹介しているので、見てください。

12月14日(金)

歴史とは、ただ人類の犯罪、愚行、災難の記録にすぎない はギボンの言葉

【20393日】

 朝起きたら 頭ががんがん う〜わぁ やってもうたがなぁ もう昼やんけ あの店で3時まで飲んでるからや
どっかで聞いたフレーズだと思ったら、今売り出し中のサラリーマン・バンド<The Dive Trouble>のイントロだ。午前2時すっかりやる気をなくした亭主が、最後まで居残った”映芸”のコバちゃんと、「探偵物語」などを手がけたプロデューサー山口さんを追い出し、ゆっくり酒でも飲もうと吐夢に行くと、その二人がカウンターでグラスを傾けビーフンをかっ食らっている。なんのこっちゃ場所を移しただけのさっきの続き、これではまるで新鮮味がない。それでも、店内にいる連中が違うだけでもグッと酒の味も会話の内容も趣が違ってくるから不思議なものである
カウンターにはカメラマンのFくん、女流カメラマンのY子ちゃんが写真談義。後ろのテーブルの4人組もなにやら和やかだ。奥の部屋を見れば、珍しくひっそり静かに飲んでいる落語の師匠たち。さっそく挨拶に行くと「江戸屋猫八さんの葬儀の帰りだ」という、見れば着ているものも喪服で、雰囲気も湿っぽい、挨拶もそこそこに引き下がる。今日は雑誌「散歩の達人」がCD「ASAGAYA FRIENDS」の取材で吐夢に来たので、カウンターの新聞記者Yと和子はその話で盛り上がっている。先ほどの二人といえば「そろそろこの店も終わりだから、どっか呑みに行こう〜よ」そこから先は語るほどのこともなき予定調和ってやつ、おっさん3人肩を並べて、ふらりふらふらいつものコース。で、昼起きたら頭ががんがん う〜わぁ やってもうたがなぁ もう夕方やんけ あの店で5時まで飲んでるからやどっかで聞いたフレーズだと思ったら、二日酔いの頭にゴンゴン響き渡る<The Dive Trouble>のイントロだった。

12月12日(水)

友人たちが若く見えるよと誉めだしたら、あなたが年をとった印だ はマークトゥエインの言葉

【20391日】

 最近の傾向として、上記のマークトゥエインの言葉に近い会話が、しばし仲間たちの間で交わされだしている。
その会話の景色を外から見たら、<とも白髪ちかったはずの亭主ハゲ>などという、悪ふざけな川柳に登場しそうな連中がやっている。これを反面教師として、オレはこういった気配の濃い連中と、若さ話はやめようと心に誓った。最近のオレは毎晩朝方4時5時までひたすら飲んだくれているが、寒さも手伝ってか、やたらに酒がうまい。旨いものだからついついもう一杯とグラスを差し出す心地よさで、まるで酒に冒されているという心持ちがない。
古来<酒は命を削る鉋>という言葉があるが、年を重ねてくると確かに酒量は落ちるが、それなりに飲めるのだから、まだまだ、こりゃいけそうだとまた杯を重ねてしまう。最近、かなり甘めなながらも<キャプテン・モルガン>というラム酒がお気に入り。極度のチャンポン酒党のオレにとっては、どんな酒と酒の間であっても、、クイっと飲める気の利いた酒の一本として愛飲している。あまりに気に入ったので、店でも出すことにした。(ちょいと宣伝)

12月7日(金)

行動は雄弁だ はゲーテの言葉

【20386日】

 昨夜はひとしお寒かったが、町は人が繰り出し活気に溢れ、このオレもどうやら停滞前線から這い出たようだ!
スカイコートホテルのカラオケボックスが安いというので、深夜のカウンターに残った男3人で偵察にいってきた。カラオケなどオレのスタイルではないと斜に構えてたが、数年ぶりにドアを開けて入ったカラオケ・ボックスのテンションの高さに、気分は一気に躁状態。いきなりAがシャンソンの名曲<ミラボー橋>を、洒落たフランス語もどきの語りを入れた芸達者を見せる。負けじとオレは平岡精一の名曲<爪>を披露するもタバコの吸いすぎで喉が痛い。われ関せず、オレはオレのスタイルを貫く文学ヤロウKは、詩の素晴らしさで聴かせる山口百恵の母ものを悲しげに歌い出す。2時間ばかりあの部屋に流れていた曲を思い出すと<惜別の歌><浪曲子守歌><早春賦><襟裳岬>と果てしなく漢字タイトルの歌が多かったというのが印象に残った。漢字世代の歌うたいも、おじさんらしくていい!飲んで歌ってはしゃいで2時間、レジでお勘定を払うとひとり2000円の請求。オレはビール二本飲んだから、1時間あたりに換算すると500円である。深夜料金も取らないのだから、これは安い遊びだ。偵察が癖になりそう!

12月6日(木)

我々は常に変化再生若返りしなければならない さもないと凝り固まってしまう  はゲーテの言葉

【20385日】

 昨日、「asagaya friends」のジャケット製作をしてくれた石塚さんに、日記が情けないとお叱りを受けた。
自分で書いたものを読み返し、これはいけません、なんだってこんなことを書いているんだ「おろかものォォ〜!」大反省です・・・こんな弱みを見せていてはいけません、露悪趣味も甚だしく、まったく江戸っ子の面汚しです。
久しぶりに、ドスンと気合いを入れられたようで気持ちに張りがでてきた。そういった意味でも、今日のゲーテの言葉は、けだし名言・・・さぁ〜て、風呂にでも入ってグッと垂れ下がった停滞前線から抜け出す準備をしようか!

12月4日(火)

人のようにしゃべるロバは見たことがないが ロバのようにしゃべる人は多く知っている
はハインリッヒの言葉

【20383日】

 最近、待ちを歩いていると職業柄か、飲み屋居酒屋のカウンターが、なにやらめっきり寂しげなのが、侘びしい。今年最早後数日を残すところとなってしまった。時節柄、近年めっきり名物になっている中央線の身投げが急増か?なんか、このところ書く内容がめっきり湿っぽい。分かっているのだけれど、ついつい書いてしまう、やめられぬ。そういえば、カミさんが珍しく寝起きざまに仏壇に線香を上げているので「どうしたい、なにかあったのか?」と聞くと「むーちゃん今日でちょうど一月になったのよ」と答えが返ってきた。
実は、10月後半から続いた我が家の猫騒動は、11月4日早暁、むーちゃん18年の大往生で終わったのだった。この経緯についてはいずれ書こうと心では念じていたが、生まれてすぐ我が家にやってきてから18年間、一日として我が家から離れたことがないむーちゃんの、最後の、そのあまりにもドラマチックな終焉に心が痛み、常に添い寝をしていたカミさんのことを思うと書くことはできなかった。きっと、この文言でさえ彼女には辛いかもしれない。猫のむーちゃんが死んで、今日で丸一月。カミさんに厳重に口外無用、書き込み絶対厳禁といわれていたのだった。時間が薄れさせてくれる悲しみも、こういう一月とかいう区切りの日に、また少し寂しいげな気分にさせられる。
決して忘れることは出来ないが、あの驚きを消さぬためにも、そろそろ彼女のことを書き始めても良いのでは、?

12月3日(月)

失敗が許されないのは 最後の挑戦の時だ  はキテリングの言葉

【20382日】

 今日の名言にある「最後の挑戦の時」とは、どのような時を指していっているのであろうか・・・悩んでしまう。何故悩むかというと、自らまたは他の力によって絶命でもしない限り、死を迎えるまで生き続け無ければならないという宿命を背負わされた生命体にとって、「失敗が許されない、最後の挑戦の時」を見極めるのはかなり無理というものではなかろうか?たとえば植物連鎖の時系軸に乗っている限り、あるものにとっては常に最後の挑戦でもある分けだから。即物的な側面から見れば、この言葉は非常にわかりやすく現実味を帯びて捉える。なんだか、意味深長なようで、あまりにもわかりやすいことを、思わせぶりな言い方で人を感動させて、焦点をはぐらかす。これが名言!今日は、朝から上天気の割に鬱なき分なので、久しぶりにA・ビアスの「悪魔の辞典」でも捲ってみるかな・・・!