平成14年11月 2002.11

11月30日(土)

イカの塩辛・・・

【20613日】

 久しぶりにイカの塩辛を作ろうと思い立ち、立派なスルメイカを買ったところ、ちょいとしたことが起こった。
エンペラを剥ぎ内臓を取りげそを外し吸盤の掃除も終わった。さて身の処理に入いろうかと包丁を身下から頭にむかって切りこんだところ「おやっイカの甲かな?」と思わせる妙に堅いものに突き当たった。
そっと開いて見るとイカの頭にむかって体を直進させた形の鯵の稚魚が・・・これは珍しい、多分イカの水揚げの最中に紛れ込んだ小魚が慌てふためき、イカの体に進入して三角の頭の部分で逃げ場を失って憤死したのだろう。
が、最初、真っ白なイカの体内に黒々としてなにやら分からぬ物体の寝そべる姿を見た瞬間はギョッとさせられた。塩辛を作っている最中も、何故か最初に見たその気配に押され、このイカを生で食するのはいかがかと、悩んだ。
妙なものだ、別々に食卓にでてくればなんてことはないのに、あのような状態を見てしまうと、食欲も減退だ。

11月26日(火)

藤沢周平・・・

【20609日】

 「たそがれ清兵衛」観劇の帰り、本屋に飛び込み藤沢周平の「闇の歯車」という長編文庫本を、書棚に見つけた。時代物は進んで読むことはなく、藤沢周平の作品もこれが初めてだった。喫茶店で暇つぶしに読み始めてみるとなんとも心地の良い文体でとても読みやすく、それは2時間ほどで読み終わったしまった。喫茶店を出て本屋を覗いてみると、あるはあるは藤沢周平作品。そのなかから、読み終わった本「闇の歯車」(1981年)の解説から得た情報を頼りに、「隠し剣 弧影抄」「闇の傀儡師」の二冊を買い求めた。ら、脇に上野哲也さんの「亀は行く」が新刊のコーナーに積み上げられていたので、それも購入。ついでにねじめさんの「焼け跡のナポレオン」を探したが見あたらづ店員に尋ねたところ「品切れ」という、さすが人気作家で地元での本の売れ行きは速い。つけても最近の読書体系のばらつきは今の不安定な自分の心の写しだろうか?「銀座八方亭」森田誠吾/「日本三文オペラ」開高健/「裏みちの花」「もうひと花」小沢正一/「江分利満氏の優雅な生活」山口瞳などの再読ものが多いのも特徴で、「俳諧寺一茶の芸術 親鸞教徒の美学 」村田昇 /「良寛全句集」谷川敏郎/「漢詩の名句・名吟」村上哲見などは再燃した俳句のためで、「アイデン&ティティ24歳/27歳」みうらじゅん/「死角形の遺産」大沢在昌にいたっては、自分のとテリトリー以外のものにすては過ぎるのではと、自分に問いたくなる。また、こうした本からは喚起されるものはない。
そういえば新宿DUGのオーナーで写真家の中平さんのジャズ写真の集大成「JAZZ GIANTS 1961-2002」 中平穂積・撮影 4,762円(三一書房)が出版される頃、これはとくに楽しみなひとつだ。ジャズ界の大物たちが実行委員になっている出版記念パーティの招待も来ていることだし、これは是非ともサインを貰いに行かなければ!

11月19日(水)

たそがれ清兵衛・・・

【20602日】

 辛口な阿佐ヶ谷雀の中でも評判の良い山田洋次監督時代劇初作品「たそがれ清兵衛」を劇場まで観に行った。
「四十七人のお客」と悪評だった「四十七人の刺客」以来の時代劇観賞。その映画とこの映画のヒロインは共に宮沢りえというのも、妙に気がかりなので、多少の不満足感を拭いきれないだろうと、覚悟を決めて出かけていった。
ウィークデイの午後一番という劇場館内は、開演十五分前というのにすでに2/3ほどの席が埋まっていた。
館内をながめれば、時代劇ということもあろうが、やはり山田洋次作品のファンであろう年配の方々が多く見られた。原作は時代小説の藤沢周平。時代小説の第一人者的存在である作者の映画化はこれが初めてということも知った。
その短編「たそがれ清兵衛」「祝い人助八」「竹光始末」をベースに、幕末期に生きた東北のある藩の名もない下級武士とその家族の姿を描いた作品だが・・・この映画に関しては、とやかく書く必要がないということに結論が出た。
ともかく素晴らしいという一言・・・これを見ないと一生の不作・・・だからなにも書かないことにした。
それにつけても、誰れだ「トリック」が最高に面白いと俺に耳打ちしたヤツ!ぶっとばしばしてやりたいクソッ!

11月13日(水)

 放火犯勃発地帯・・・・

【20596日】

 どうしたものか、秋の気配をいまごろになって感じている。一昨日らい日中の暖かさがそうさせるのか・・・・
俺の住む阿佐ヶ谷は、毎日の報道で知るように放火事件で大騒動・・・いっ時、姿を消していた件の連続放火犯はふたたび活動を開始して、一昨日は鈍我楽が入店しているホテルスカイコート前から文大女子校通りの南3丁目あたりを襲撃すること9件、昨日は南の2丁目近辺に焦点を当てての数件と、一日中朝から晩までのべつまくなし神出鬼没。
まったくこの犯人のフットワークのよさには首をひねりたくなる、はたして単独犯なのだろうか。単独犯ならば、姿形は身軽で小柄、恐ろしく足に自信を持っているやつ。でなければこういった人間離れの離れ業は出来ないだろう。この犯人の不規則な時間帯で起こす行動パターンには引けを取らないこの俺なので、いつかどこかで出くわすのではと思っていたところ、ある日この事件に符合する妙な動きをする小柄な少女に出会ったことがあるのを思い出した。その少女の身長は150cmと小柄で、まだいまほど寒い時期ではないのに、大きな耳宛の折り返しの付いた深々としたやわらかそうな青みがかった草色の帽子と、同色のジャケット、小柄ながらすっきりとした下半身を包むジーンズ、足下は軽快そうなスニーカーを履いていた。何故そこまでしっかり記憶をしているかというと、この少女とは犬の散歩をしていた午後7時頃の間に場所を変えて前後三回も出くわしているからだった。一回目は我が家の玄関をしじみと飛び出たときだった。ちなみに俺の居住区は通りから入り込んでいて住民以外が入り込むことは滅多にない。玄関を出た瞬間見たこともない愛くるしいその少女は異常な驚きの眼をして、俺の目とぶつかった。と思った瞬間その娘は何故かポケットに手を突っ込んだまま、慌てふためき、身を翻し、猿のごとく駆けだし、あれれという間に通りの向こうへ小さくなり、角を曲がって消えてしまった。ふん、どうせ小娘の気まぐれさ!付き合っちゃいられない、と気を取り直してしじみと歩き出した。歩き出して数十分とある暗がりの路地の角を曲がった途端にその少女と鉢合わせた。お互いにギョッとしたが、素早く行動を起こした少女は、女特有な臀部を揺すりながら一目散に走り去っていった。走る活発なその後ろ姿を見送り・・・なんだなんだの疑問符を抱えながらも、ふたたび気を取り直し散歩の続きで現地点と正反対の裏通りに出たところ、前方に件の少女が無目的とも思える方向の路地の暗がりの中へ消えていった。その娘を見たのは、それが最後でその後一度として阿佐ヶ谷の町中で見かけたことはない。
まさかと思うが、あのような奇妙な行動をする者にはそうそう出会うことはないので、妙に気に掛かる秋の夕暮れ。その後、この連続放火事件のため阿佐ヶ谷の町は、ゴミを燃される恐怖から、清潔な町になったのも皮肉な現象だ。

11月9日(土)

 縄文の遺構・・・・

【20592日】

あさ阿佐ヶ谷の町は、いまだ武蔵野の気配を残しながらひっそり佇む小さな景色が点在しているので、とても好き。
とはいえこの町に来たばかりの頃は、人息れでむせ返えった下町育ちの人間特有な「山の手線の外っかわなんぞケッだもんね」てな偏見の固まりで、人も景色もなぁんか田舎臭く間延びして人とのリズムが取れなく馴染めなかった。住めば都で、いまじゃすっかり町の郷土史家よろしく町の歴史などにも興味を持つようになり、阿佐ヶ谷を愛する大将とは言わないが、せめて先鋒・・・ここらあたりの身分だろう的な気分になっている自分が、面白く感じられる。そんな阿佐ヶ谷の町の片隅で、いまちょいとした事件が起こっているのを、たいがいの住民は見逃しているだろう。そこは都の文化財指定にもなっている相沢屋敷の真裏。ということは駅から歩いても4、5分の処。近くには、阿佐谷中学校、阿佐ヶ谷鎮守神明宮、阿佐ヶ谷児童館、河北総合病院など、阿佐ヶ谷のランドマークが建ち並んでいる。そして事件の現場には、かつては公正役場があったり、松坂屋質店グループの蔵と店舗、広々とした駐車場、瓦葺きの古風な住宅が軒を並べていたほど、この一帯の敷地は駅近辺でありながら、のんびりとした風情の一帯だった。
そして驚くかな、半世紀以上もここに佇んでいたこれら総ての建物がある日を境に忽然と、姿を消してしまった。
日々かわり行く町の景色を出来る限り写真に残す作業をしている俺には、ショベルカーとクレーン車で無惨に掘り起こされ土塊の山となってしまったその一帯は、ここ数年で一番ショックな景色だった。そしてその跡地には河北総合病院の分院が建つことを知る。この区域一帯は河北総合病院のビルが乱立し、かの病院の所領地と化してきた。
このことですっかり写真に残す気分も失せたその跡地は、俺としじみの散歩コースからも外れてしまった。
そんなある日、しじみと散歩の途中なにげなく立ち寄って工事現場の塀の隙間から跡地を覗いて、飛び上がった。
赤土色に剥き出された敷地いっぱいに、いつか見た沖縄首里城守礼門前で行われていた、同じ景色が広がっていた。その敷地の全面積は何百坪有るのだろうか分からぬ一面に、小気味よく鋭い切り口をした様々な形の穴が無数に空けられている、それはまさにまごう事なき遺跡発掘現場であった。これは凄いと心につぶやき、塀の向こうにいる現場監督らしき人を呼び出し「これは何時代の遺構ですか?発掘品はでましたか?ここは遺跡として残されるのですか?」矢継ぎ早に質問すると「縄文です!後は分かりませんムスッ!」。その現場監督らしき人はいかにも学研の徒といった風貌であり、この言い方が余りにも似合うので、これ以上聞くことも出来ずすっかり恐れ入ってしまった。なにはともあれ、この阿佐ヶ谷に縄文の遺構が発見された。それも、名主屋敷と村の鎮守である神明宮の間とは!
掘れば屋敷も鎮守もスッポリと縄文の生活圏内の遺跡かも知れない!そう思うと考古ロマンがばばっと湧いてくる。杉並には松の木に弥生遺跡が残されている。かの人が答えてくれなかった俺の後二つの質問が現実となれば・・・
できるならここが遺跡指定されれば、あぁ〜想像を巡らしただけでもなんとも素晴らしい景色が出来上がってくる。鎮守の前に病院が建つなどと言った無粋な景色など、どこかぶっ飛んでしまえ・・え〜いこうなりゃ署名運動か!
なにはともあれ、数葉の写真を撮ってきたので披露します。是非いまのうちに現場をご観覧・・・!
写真

11月5日(水)

友遠方より・・・・

【20588日】

  数十年前、阿佐ヶ谷のうらさびしい三畳一間に寄宿、阿佐ヶ谷名物和菓子のうさぎやをメーンのアルバイト先として、都の西北で文化人類学を学び、夜の巷にても文化珍類学をよくした、旧知のもっちゃんがやって来た。
いまは、学校の先生という立場上ヒゲをたくわえ仏頂面をひっさげて現れるが、多分子供の頃からそうは変化してないであろうと思われる面立ちは、知り合ったその昔とちっとも変わらず、穏やかなベビーフェイスなのが可笑しい。当時、阿佐ヶ谷は交通の便の良さと環境の良さが相まって沢山の下宿や安アパートが雑居していたので、さまざまなスタイルの学生たちが混在していた。当時の学生たちは仕送りも少なく、志し高かけれど物価の高い東京生活では一応に食貧しく、それぞれはなにがしかのバイトを求めた。都の西北に学ぶもっちゃんの仲間も例外ではなかった。
 阿佐ヶ谷にはM組という極東組系?のテキ屋が一家を構えていて、若旦那は毛色のかわったD大卒業生だった。
その人柄は温厚で、彼の取り巻きの手下たちも遊び好きと来ているので、近所の喫茶店や飲み屋で頻繁に会うことから、いつの日か俺の店の常連にもなった。若旦那は俺と同学同年齢ということもあって、ひときわ気さくなつき合いが始まった。それからは若旦那との会話からテキ屋の仕組みやら手の内などを知り、気がつくと店主である俺を筆頭に閑を持て余した親しい常連や貧乏学生などは、次々とテキ屋の身分を背負ってアルバイトに精だすことになった。いまや阿佐ヶ谷の優良出版社の社長である東大生のHや、弁護士になったN、そしてもっちゃんもその仲間だった。
 朝一番、組の事務所で手配され、あちこちの神社仏閣の縁日、大晦日の明治神宮、代々木公園のお祭りなどに手配され、車に乗せられ行く先々で縄張りを張った。時にはこの縄張りのことで起こるヤクザ屋さん同士の抗争の凄さにびびりまくった。話には聞いていたが実際目の当たりに見るその世界のシビアな関係性に驚かされたものだった。
 にわかテキ屋師の現場は、軽い手ほどきでいきなり店を任されることになるのだが、ポツンと独り置き去りにされた人待ち顔の店の前を、ウロウロと様子を見に来る同業者たちの恐ろしげな気配に、売り声も出ない有様だった。
ある時は金魚、植木、フランクフルトだったりと、その売るものによって一日のバイト代の運不運の差が厳しく出るが、それでもよくしたもので、馴れてくるとこれほど面白いバイトはなく、味を占め、かなり長いことやっていた。にわかテキ屋仲間では、女子供がお得意さまの金魚すくいが一番好評だった。何故かと言えば・・・金魚すくいに夢中になっている若いお母さんたちの無防備な股ぐらに・・・うぅ〜〜ん若かったなぁ〜〜!

11月1日(金)

少年老いやすく・・・・

【20584日】

 先日から風邪気味だったところを気合いを入れて散髪に行ったのが祟り、タバコも吸えない本格的な喉カゼになってしまった。
そんな今日、家の数カ所に掛けられたカレンダーをめくると、暦の景色は季節をいち早く捉えて、燃え立つような見事な紅葉になっていた。こうした絵柄の暦は、銀行など概してお堅いところが置いていったものだ。若い頃はポップな絵柄を好み、このようなポスターはバシバシ屑カゴに捨てていた。その景色が落ち着いて穏やかな眺めとして捉えていると言うことは、俺も当たり前な歳の取り方をしてきたのだろう。
とかなンとか言っているうちに今年も残すところ早2ヶ月いやはや一年が短い。個人的なことながら<少年老いやすくガクッツとなりがたし>などと冗談を飛ばせるほど、なかなかこれで歳のわりには刺激的な毎日をおくっているわけで・・・砂を噛むよな味気ないなどという言葉は辞書にないほど毎日のメリハリが利いているのだから、もう少し一年が長く感じられても良いようなものを・・・。
こればかりは何とかならないのか?誰か後ろから押してでもいるのだろうか、なんだか俺だけ加速がかかっているようで、気分が悪い。
しかし現世に於いて<求めよさらば与えられん>の精神は旺盛で。まぁ輪廻転生この次があるということで生まれかわる場所も決めてある。まっ斯様に人間このぐらいお気楽でなければ・・・どうけこの世はケセラセラ、今日の風邪よ飛んでゆけ〜明日は明日の風が吹くだ!
ところで、友人の悪魔の誘いのような一言から俺はすっかりグリコの食玩にはまってしまっているのだ。寝ても、醒めてもどうやったら一番有効的な飾り方が出来るのだろうかとか、なんど買っても出てこない鉄人のカラーバージョンは諦めるか、ネットで買うとかで。病膏肓!
とうとう、自分の店に飾り始めてしまった。こりゃ今年の暮れは懐かしグリコシリーズに明け暮れるのかと思った矢先。また、ナギラ健一のサイトで見た妖怪根付けシリーズという面白げなグッズに出会ってしまった。それはかなり数があるというので、これにも手が出そう・・・