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12月22日(日) |
ホームレス第2弾・・・ |
【20633日】 |
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予報が外れ雪は降らなかった。外に出てみると以外と暖かな陽気にバイクで外出したが、やはりこの時期当たり前のように寒かった。 |
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12月13日(金) |
耐えられない存在の証・・・ |
【20624日】 |
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寒さのなか肩をすぼめ、どうしても必要なものがあったので、いやいや近所のイエローキャットにいった。 |
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12月9日(月)雪 |
初雪です・・ |
【20620日】 |
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現在、12月9日午前2時です。恒例のしじみの散歩に玄関を開けた途端、我が家の目の前にある小さな生活空間はすでに真っ白でした。 |
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12月6日(金) |
レフト・アローン・・・ |
【20619日】 |
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マル・ウォルドロンの訃報を知ったのは一昨日の朝日新聞の朝刊。昼過ぎに目覚めそれを見たときは、とりわけ大きなショックを受けた。当時、時代の夜明けはすぐ其処にあるとはいえ、まだまた日本人のライフスタイルは旧弊で圧倒的に男社会だった。音楽、文化の中心的存在で時代の先駆け的存在でもあったモダーン・ジャズ喫茶でさえその体質は大差なく、その場所にたむろするのは髪を掻き上げ苦悶の表情をした男社会だった。しかし’60年に「ベツレヘム」に録音された彼の名作「LEFT
ALONE」が本国アメリカで発表されるが、日本ではまったくといって良いほど入手困難なレーベルであり、ジャズファンにとっては垂涎のアルバムだった。数年後、そのアルバムが「ベツレヘム」のオリジナルジャケットとまったくイメージを変えた黒い色調のジャケットで発売された。このアルバムのタイトル曲「レフト・アローン」は、マルのリリカルなピアノと、ジャッキー・マクリーンのブルージーな陰りを帯びた曲想で、いつのまにか限りなく女性リスナーを取り込んでいった。俺がやっていたジャズの店も例外ではなく女性の来客者が増え始めた。こうして「LEFT
ALONE」を引っ提げて日本に上陸したマルは、ジャズ信仰の普及に現れたザビエル的存在となっていった。一日の営業時間で掛けるアルバム枚数はおおよ25〜30枚。明けても暮れてもこのアルバムのリクエストは止むことを知らなかった。その後「ALL
ALONE」というアルバムを発表すると、ますますジャズ喫茶は女性参加型の場となり一変して華やかな舞台となっていった。ジャズ喫茶のいやいや日本人にとってジャズという音楽の恩人とも言えるのだ。 |
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12月4日(水) |
師走の句・・・ |
【20617日】 |
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芭蕉:何にこの師走の市にゆく烏 |
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