3月28日(木) 寄らば体重の影 はヤノの言葉 【204488日】 久しぶりに書きたくなった。それは世論を騒がす政治家諸先生たちの愚にもつかない行状記が賑わっているから?うちのカミさんの実家は、日本一の金権体質とヤクザあがりの政治家ハマコーを輩出した悪名高き千葉三区なのだ。というわけで、実は我が家にはカミさんの実家から届いた、このハマコーの似顔が画かれたバスタオルがある。 3月18日(月) 一日一福 これ長寿のもと はヤノの言葉 【204478日】 「千と千尋の神隠し」を吉祥寺まで観に行ったが、ブーム後に観たせいか、なにそれほどの映画なのかと思案投げ首。そのことよりも、吉祥寺映画観賞の時間調整になくてはならぬ、ジャズ喫茶<A&F>の姿が消えてしまったことの方が、痛く心に触るのだった。今日も、いつもの癖で井の頭公園口の改札方面にでてしまい「あっそうだあそこは無くなってのだ」と気づき、階段下のドトールコーヒーの立ち飲みで時間を潰すという、なんとも情緒のない形だった。この日はえらく風の強い日で、駅の階段を下りてくる人たちも、思わぬ突風に体をくの字に折り曲げながら、やり過ごしている。そんな景色をぼんやりと見ていた一瞬、前から来たカップルの片割れの白いミニスカートがバカッと音を立てたように股の付け根あたりまで捲れ上がってしまった。ウララぁ〜こりゃ〜おじさんはおもわずウッシシ! 3月17日(日) 年を経るごとに意味もなく金が欲しくなってきた はヤノ言葉 【204477日】 先々週は定食酒場、先週は養老の滝で呑み、今日は庄屋で呑んだ。来週の日曜は、飛騨高山か和民にも挑戦か! 3月13日(水) それぞれの個人には、この世で身にあった仕事がある。その仕事に就けるかどうかが重要なことだ
はホーソンの言葉 【204474日】 今日の夕刊に上野千鶴子さんの「20歳のころ」という、淡々としたなかに心地の良い文脈の襞の文章を読んだ。だからというわけではないが、何故か自分のことを書きたくなってしまった。 3月10日(日) 大切なのは疑問を持ち続けることだ はアインシュタインの言葉 【204471日】 さぁ〜いよいよ春がきたようなので、心を一新しヒマにあかせて・・・ホームページつくりにかかるとしようか!
脱衣所には10枚ほどのバスタオルが常備されているのだが、オレが風呂からあがると、かなりの確率でこのハマコータオルがいちばん上に置いてある。ハマコータオルは、風呂あがりの濡れた頭、顔、背中から腹そして尻へ、それはやがてオレの宝物キャンタマの滴を、にんまり笑った不気味な顔で、やさしく吸い上げてくれる。といっても大した生地のタオルでもない安物。それが、オレの滴を吸い取りへなへなと濡れそぼったハマコーの顔の気色が悪いこと、このうえない。そんなある日のこと、風呂上がりにまたも当たったハマコーを、コンチクショーと洗濯機に叩き込んだ瞬間、これはもぅ〜絶対カミさんの陰謀であることを確信した。「おい、なんでオレの時に限ってハマコーなんだよぉ〜!これっておまえの策略だな、ハマコーに吸い付かれたって千葉三区には組みしないんだぞ〜〜〜〜!」エッ!と明後日の方を向きながら空っとぼけるヤツの背中がわずかに揺れたのを見逃さず、やられた事を確信した!
と、そのカップルが、ガラス張りのスタンドに立つオレを睨むように、コーヒー屋に飛び込んできたのには驚いた。なにも悪いことをしているわけでもないが、おじさんおもわず知らんぷりの半兵衛を決め込みタバコをプカリ吸う。「しかし、何故ミニスカートがあんな状態まで捲れてしまったのかと」疑問に思い、注文の列に並び騒がしく会話をするカップルの女の子の後姿を盗み見ると、これがまたスカートの後ろが大きく割れたサイドベンツ「ははぁこれじゃぁいくらミニスカートといえど捲れるわい」と、ひとり得心。しかしウッシッシ良いもの見せてもらったのだ。あれ、「千と千尋の神隠し」のことを書こうと思ったのに何故か大脱線・・・ウッシッシこんなこともあるのじゃ!
普段はそんなとこで呑む気もしない居酒屋チェーンで、休日は日頃のパターンとまるで違う酒の飲み方をしている。オレは免許皆伝の通風持ち、すでに十年近く焼き鳥焼きトンの類の店に入ったことがなく、居酒屋メニューの誘惑に襲われながら、結構年嵩なおっさんが焼き鳥にかぶりついているのを見るにつけ、内心クッソーと地団駄踏みながらも、我ながらストイックに呑む酒のほろ苦さといったらない。また、あぁした店は常時素敵な匂いが運ばれてくるので、思わず知らずその匂いを追いかけている自分が悲しい。てな分けで、ここ3週ばかり休みの日は食い物が溢れかえっている店の匂い太りか、下っ腹がまた一段と突き出たようだ。この悪しき習慣のなかからつくづく学習したことがある。ハードドリンク専門店を好むハードボイルド野郎たちでも、あぁ〜した安上がりに飲み食いができる店に通いだしたら、次第に足がそっちにむき出すのは、悲しいけど致し方ないだろう。ましてやオレの店のようなジャズ系の店に通う常連がめっきり減ってきているという現実を見れば、今さらながら知った社会的現象なのだと確信した!かといって、どう転がったってオレには出来ない形態なので、今一度原点に戻ろうと心に誓う今日この頃、なのだ。早く、原点に返らないとオレが人生を賭けて、なにをやってきたかという事実さえ、希薄になってしまうだろう。
これでは、現在過去すべての仲間たちに対して、大きな裏切り行為になってしまう。人生第3コーナー頑張らねば!
オレが35年間やってきたジャズの店は、さまざまな人たちとの交流の場として、人と人とのジョイント的役割を担ってきたという自負心に溢れている。あぁ〜あいつとあいつが仲良くなった!あいつとあいつとあいつでなにか始めたようだぞ!おぉ〜〜い!〜みんなでツーリングだぁ〜!遊そぼぉ〜よ〜〜!ヤノさぁ〜んなにかしよぉ〜ぜ〜!店の輪からなにかが起こる楽しみ、そして、その中心は店主であるオレというなんともいえぬ愉快感。
そしてオレは店主というものは、相当個性が強くなければならないという独善的な主張がある。その個性に素晴らしく鋭利なアンテナを持った連中が集い、そこからなにかが起きる。店と客は融合することによって起爆剤となるのである。誰彼無く受け入れてしまう、八方美人的性格のお人が店主では、こういう発想自体浮かんでこないだろう。
また無理やり分不相応な知識で武装したところで、厳しい目を持った客たちに見事に看破される、これも情けない。まさに今日のホーソンの箴言・・・
<それぞれの個人には、この世で身にあった仕事がある。その仕事に就けるかどうかが重要なことだ>である。
というわけで見た目はかなりお気楽に見える夜の酒場の店主も、これはこれでかなり厳しい鍛錬の中から生まれる。そのなかでも、オレのように武装を整えてから永いこと店の敷居をジャズという看板で高くして<来るもの拒み、去る者追わず>という高所から始まる嫌みな姿勢から、さまざまな人たちに嫌悪感を与えてきたことも、確かである。しかし、そのような嫌悪感から去っていった人たちなど、どうでもいいのである。何故かといえば、あれだけ清貧を楽しみ、苦汁をなめながらも埋蔵された大きな財産は、いまのオレにとって、永きに渡る時間時代を共有した同士という名までに昇華した、オレの城で築かれた素晴らしい仲間たちがいるからである。
武田節の一節にある<人は石垣 人は城>なのじゃぁ〜〜〜〜。
しかし、その同士たちがさまざまな要因から姿を消していく。そりゃぁ〜<去る者追わず>とはいえ、辛いのだ。
この心情が今日の上野千鶴子さんのコラムに出会い、文章の文脈にオレの気持ちを、同化させてしまったのだ。