平成15年10月 2003.10

10月30日(木)

俺は不死鳥!

【20971日】

 朝起きたら、なんと歩けるではないか!足のむくみもだいぶ引いている。イッツ・ア・ミラクル・・・ともかく嬉しいのだ。ハッハハッハ俺は不死鳥か!
昨日一日じっとしていた甲斐があるというものだ。が、さすがに外出するには無理な。今日一日ようすをみてみよう。なにはともあれ、骨折は免れたのだ。

10月28日(火)

世尊院事件

【20969日】

 早朝6時、仲間たちと騒ぎ歌い疲れて、白々と明けてくる空を眺め世尊院前の舗道をのんびりとあるいていた。ゆらりゆらゆら俳句など考えながら・・・!
出勤の自転車が赤みを帯びた俺の顔に、朝から厭なものでも見てしまったかの如く、猛スピードで脇をすり抜け駅へと急ぐ。その最中、俳句のいいフレーズが思いつき空を見あげた。その途端。ずるりと右足が路肩の段差に流れたと思った瞬間、ずってんどうと車道に向かって転倒してしまった。慌てて舗道側にずり上がり、見栄っ張りの俺は辺りを伺い、誰も居ないことに一安心。尻をはたきながら立ち上がると、いけません。右足のくるぶしあたりに激痛が走った。が、酔いの勢いまぁたいしたことはなかろうと、先ほどの俳句のフレーズのことなどもすっかりかき消えて、ありゃまぁこりゃまぁと鼻歌交じりで、無事?に帰宅した。
今朝、起きてみるとこれがもぉ〜大変。階段もやっと降りれる状態。居間でしげしげと眺めてみたら、
右足の甲は饅頭大のふくらみで、ぶよぶよになっている。足の痛みに医者に行くのもままならず。自己診断では捻挫で骨折まではと油断していたら、どんどん腫れが酷くなるので明日は医者に行くことにしよう。
プロ野球国内外共に終了。私事のエジソン・エンジン最後のイヴェントも終わり、さぁ後はのんびり正月を待つのみと油断していた矢先、好事魔多しの喩えだ。そういえば、今日のニュースでかの世尊院の工事の最中、屋根の上で職人同士の喧嘩があり、ひとりが半死半生で救急車で運ばれ、犯人は逃走中だという。
そういえば世尊院の前の中杉通りは、元はといえば、世尊院の墓地だったところで、中杉通りが開通してからは、この近辺で頻繁に事故が起こることでも有名。まさか、その世尊院が殺人事件まがいの現場になるとは・・・昨日の俺の事故などは大したことではないが、やはりあの墓地跡近辺はなにかがあるのだろうか。おまけ・・・深夜のニュースでは、現場監督と作業員の争いごとからの喧嘩で、現場監督が殴られ一時意識を失ったそうだが軽いケガですみ、作業員も自宅に帰宅したところを逮捕されたという。昼間の大騒ぎとおおちがいなニュースに・・・なぁ〜んだぁ俺の転倒事件の方が、大怪我かもしれないぞ。

10月27日(月)

エジソン・エンジン御礼

【20968日】

  阿佐ヶ谷ジャズストリートに参加した鈍我楽の坪数は15坪。ゆったりと客を迎えるお店の態勢としての席数は30人がちょうど居心地がよい環境である。
そして予約状況もまぁまぁなライヴの当日、リハの最中にも鳴りやまぬ予約電話に、「昨日は寒かったけど、今日は後の席は全部立ち見だぁ!」と嬉しい悲鳴をあげる。店内のステージ造りも終わり開場の段取りもでき、いよいよ開場になり受付に報せると、昨日とうってかわった人の列の長さに目を白黒。
一部を受け持つ漫画家高橋春男さんとドラムス、ベーストリオ。二部に恒例エジソン・エンジンの三人とパーカッションの塩澤文男さんをゲストに迎えた演奏家総勢7人の大所帯。そこに押し掛け詰めかけたお客が50人以上。そしてスタッフ5人。15坪の店に60人以上の人人人。何の因果か、年長の俺が寒空の店の外に置く楽器の番人として弾きだされ、エジソン・エンジン最後の日だというのに、情けないことに最後まで今回の演奏は聴くことができなかった。
演奏後に紅潮した顔で外に飛び出してきたねじめさんの「今日はいままでで一番良かったろぉぉぉ〜」の言葉も虚しく、答える術もなかったのだ。
今回、エジソン・エンジン最後の演奏をお聴きに来られた方々には、またなにか起こりそうなエジソン・エンジンに期待しながら、厚く御礼いたします。

10月20日(月)

京都音楽空間

【20961日】

  京都の出版社<青幻舎>から、阿佐ケ谷不届記に置いてある『ジャズ喫茶マッチの旅 マッチ・ト・ラベル』のコメントを求められたのが先月のことだった。メールで交換する担当者からの内容は、京都のジャズ喫茶事情のコメントと、俺の一大コレクションと自慢するジャズ喫茶のマッチラベルの掲載願いだった。
現在の京都は皆目見当が付かないが、かつての京都のジャズ状況ならば語ることができる材料は仕込んであるので、あちらさんの要望に応えることができた。
そして先日、件の<青幻舎>から
『京都音楽空間』という本が送られてきたので、早速手に取ってみる。写真、記事内容共に丁寧に編集され、京都に対する温みが感じられる感触の良い本であった。俺の記事といえば、20pに京都のジャズ喫茶のマッチラベルと、俺的な京都事情のコメントがさらりと掲載されていた。
京都関係の本なので、関東で売られてはいないかもしれないが、京都のジャズ及び音楽状況が上手にまとめられていますので、気に留めておいてください。

10月18日(土)

コレクションが散逸

【20959日】

 ヤフー・ネットオークションのジャズの項目アラートで、数日前から吉祥寺の老舗ジャズ喫茶"f"のコレクションだったアルバムが、多数放出されている。
"f"のオーナーだったN氏が亡くなってさほどの年月は経っていないというのに、この店のコレクションが散逸し始めている、同業者として寂しい限りである。

10月13日(月)

リーグ・オブ・レジェンド

【20961日】

 妻とふたりで吉祥寺オデオン系の映画館の前に立ったのが5時20分、タイムテーブルを見ると4本かかっている作品どれもこれも1時間待ち状態であった。ならばと吉祥寺散歩を開始。まず腹が減っては戦が出来ぬと、駆け込んだところはこの街で一番の行きつけ「手打ちソバほさか」。案内されて着いた席の隣に座る先客は、小学生の女の子を挟んだ品のよろしい親子三人。すでにテーブルに並んだ酒、鍋、つまみ等々の量と質の高さに、呆れかえる。妻はちからうどん、俺は大盛りそばを注文し、隣席の饗宴を横目でぼんやり眺めながら、ふたり静かに注文を待つ。待合い間にも、隣席にはエビの唐揚げ、そばがき、お酒等々が運ばれてくる。しかし、我々のテーブルには冷え始めたお茶がポツンとおかれるばかり。そうか、隣席の饗宴の注文に追われているのだと思った瞬間苛立ち始めた。まだ来ない、こうなると1分1秒さえ長く感じ俺のはらわたは煮えくりかえり出した、そのタイミングを計るように「はい、おまちどうさまでした」。
大盛りそばといえども、そこはそこ手打ちそば屋のせいろに盛られた量などしれたもので、あっという間に平らげ、熱々うどんを啜る妻が食べ終わるのを待つ。その間にも隣席にはさまざまなものが運ばれてくる。そのとき亭主曰く「久保田の千寿4合瓶で1万円だってママ!」「いいんじゃなぃ!」えぇ〜本当かよぉ。この若い親子は何ものなのだ、呆れかえるほど運ばれてテーブルに載せられた酒、料理の値だけですでに数万は行っているぞぉ〜いるんだなぁこういうヤツ!
そのとき、かつて仲の良かった友人を思いだした。その彼は、井の頭公園の高台に住むブルジジョアの一員で、この土地にある明星学園に通う高校生だった。
俺の人生の友の中では最高クラスの金持ちだった彼の金の使いッぷりは、いまでも一口で表現できないが、決して他人におごることはしないヤツだった。
そして、隣席の亭主の顔を垣間見ると、其奴の顔がオーバーラップしてしまい「そうかそうか、身内だけでせいぜい楽しむがいいや」と、楊枝をせせる俺。
そんなことより、4本中選んで観賞した「
リーグ・オブ・レジェンド/時空を超えた戦い」。ショーン・コネリーは、相も変わらず彼で素敵なのだが・・・・
ストーリーの意外性だけで持ち堪えさそうという魂胆丸見えの、ハリウッドてなもんや映画の典型で酷い。何度か居眠りをこき、何度か腹の中で悪態を付いた。

10月06日(月)

陶芸家・松永

【20954日】

 現在、美濃の土岐に在住しながら活動している陶芸家・松永くんは、元はといえば阿佐ヶ谷の仲間で、我が草野球チーム・HOBOSの有力メンバーだった。
センターを守る彼のバックホームへの一直線の好返球には、対戦する両チームこぞって草野球では滅多に見られぬと、褒め称え盛大な拍手がわいたものだった。その彼が土岐に移り住んで早七年ほどの年月が過ぎ、今回初めて自作を引っ提げての作陶展で、東京進出を果たした。当然野球チームメンバーは、久し振りの松永くんに会うため西荻の
MADOというギャラリーに出向き、それぞれ彼の作品を愛で、何時か来る彼の功名を祈り信じながら、数点の作品を購入していった。
また、今回個展会場となったギャラリーは、昭和初期、良き時代の建築物でもと個人病院だった屋敷だという。たぶん病院だった頃の待合室をギャラリーとして開放したもので、エクステリア、インテリアも古色蒼然とした味あいある佇まいに、訪れた人たちも感動しきりだった。そして昨夜は、チームメートの有志数名が集まり、西荻に新居を建てたチームメート八丁くんのお誘いで、彼のお宅で松永くん東京進出のお祝いを兼ねた素晴らしいホームパーティで、旧交を温めた。