11月

11月22日(月)

素晴らしき錦秋久しぶりの写真散歩日記です。

【21329】

 23日にとうとうアメリカに帰ってしまう妹と、小さな身内たちと、昨夜我が家で最後の食卓を囲んだ。小さな家族たちそして、妹、小生までも口をそろえて出る言葉は「なぁ〜んかさぁ〜一生のお別れに近いかもしれないのに、全然実感がわかないよねぇ〜」と、いつもと変わらぬ小さな家族の我が家の団欒。食卓を囲みながらTVで相撲を、動物番組を見ながらそれぞれが勝手気ままに時間をつぶしている。こういうかたちっていかにも江戸っ子を気取っている矢野ケの当主と、その妹らしくてなかなかいいじゃない、と心に思う。そういえば、以前妹がアメリカに渡ったときはどうだったかなぁ〜と思い出したがどうしても思い出せない。そりゃそうだ。小生に知らせず気ままに渡航してしまったのだから。それが30年前。その20年後、母が死んだ。帰国した妹は、そのまま小生の住む阿佐ヶ谷に定住した。がこの度10年住んだ阿佐ヶ谷の生活と別れ、娘たちが住むアメリカに帰る。妹がアメリカに帰るぅ〜なぁ〜にがおらぁ〜江戸っ子でぇ〜井のなかの蛙江戸っ子矢野ケの当主、去りゆく妹との別れ方を知らない。勝手気ままな妹もまた分かれ方を知らない。そんな兄妹にも・・・刻々と別れの時間がちかずいていることは先刻承知。当主自ら気持ちが騒ぎだす。健気に叫んだ言葉は、さぁ〜それじゃぁ〜記念写真でも撮るかぁ〜。なんとも小生のやることといったら、いつもいつでも写真しか撮ることしか技がない。撮ってはプリント、撮ってはプリント「もういいんじゃない」といわれるまで、撮ってはプリントで、小さな家族は次第に無口になっている。それでもきちんと約束の時間はやってきって「じゃぁ元気でね」と玄関まで送りに出ると、外はバケツをひっくり返したような雨嵐。「ふっふっふ、おまえの前途を祝すかのような雨でござんすね」と、予定調和のイヤミをひとつ吐くと、ぐっと胸に詰まるものが押し寄せてきた。あぁ〜ぁこれが別れの印か!
幸い車で来ていた倅に同乗していくという妹と小さな身内。「じゃ〜〜ねぇ〜あっちが落ち着いたらメール出すから」と、振り向きもせず雨の中に賭け出した。あぁ〜これが最後の後ろ姿か!


御礼
妹、ひふみは11月23日成田空港よりアメリカに帰国します。私にとっては、なにか拍子抜けしてしまったような10年ではありましたが、その長い期間を妹ひふみと懇意におつき合いしていただいた方々には、お礼の言葉もありません。近いといってもアメリカです。二度会うことはなかろうと思いますが、みなさまの心の中に、記憶のなかに残していただけたら幸いです。また帰国するにあたり、送別の機会を作ってくれた方、それにおつきあいしていただいたみなさまには・・・心からお礼申し上げます、ほんとうにありがとうございました。  矢野

11月16日(火)

旅立つ鴨

【21326】

 本郷の金安までが江戸のうち・・・本郷は小生の本籍地の近所。その旧住所名を駒込神明町という、現在は本駒込。また、敬愛する古今亭志ん朝師匠も同所の出身なのである。さて昨日の夕刻、二日酔いの気だるさいっぱいに我が家でゴロゴロしていた小生に、江戸内に棲む友人Kから「さっき巣鴨のお酉さんで、阿佐ヶ谷の仲間Aチャンに偶然あったよぉ〜、なんでもお友達と浅草からお酉さんツアーでここまでやってきたらしいよ、あのあとまた何処かまで歩いていったのだろうなぁ〜」と、弾んだ声で話す江戸内の友人K。
そうかぁ〜世の中は二の酉だったのか。でも、こうかったるくっちゃお酉さんどころじゃねぇ〜なぁ〜と、近年出不精の(昔は出武将だった)二日酔いは、受話器を置き呻く。
それにしても江戸内に棲む住人Kと、元武州豊多摩在阿佐ヶ谷村の住人Aが、中山道巣鴨のとげ抜き地蔵で出合う確率を思うと、その摩訶不思議な確率にニンマリとしてしまう。その確率に出合ったKの電話が、二三日の間、小生にある種の刺激をくれたことは確かである。昨日は、夕刻から相方に「歩くぞ!」と阿佐ヶ谷駅方面まで、買い物散歩に出る。出たついでに、ビデオ屋にて映画を3本レンタル、たかので食材を求めぶどうの木でデザートの甘味を買い、さぁ〜今日は目いっぱい自宅にての映画鑑賞会と、しゃれ込んだ。
日曜に、相方が「血と骨を」。小生は「隠し剣 鬼の爪」を観た。「映画は劇場」の信念ながら、?作品ならビデオでもいいよねぇという映画は、ビデオ鑑賞で結構と決めている。借りた映画はパトリス・ルコントの「列車に乗った男」「踊る・・・レインボーブリッジ封鎖せよ」「ヴァイブレーター」の3本であるが、邦画2本はやはり観るのではなかった。我が家でのビデオ鑑賞のいいところは、つまらぁ〜〜ん映画の画像の早送り、そして終了ができること。ということで、実際に観たのは1本だけと、レンタル料がもったいない。 そんなことより、江戸内友人Kが巣鴨であったAのお酉さんツアー歩け歩けの刺激は翌朝まで残っていたようで、しじみとの散歩の出発地、天王橋から歩き始めた体はいつになく前に前に進む。和田堀公園から迂回して大宮八幡を詣り、小生にとっては未踏の地、善福寺川終点近くにある杉並民俗資料館が建つ宮木橋(大宮1丁目)に到着。万歩計を見ると、なんとたかだか4千歩強、帰路を足したって1万歩にもいきゃしねぇ〜。まったく歩くというのは一歩一歩の積み重ねでありやして、えれぇ〜てぇ〜へんなんでござんすよ。
気を取り直してもこれ以上距離を伸ばす体力不足。今日の折り返し地点を宮木橋とし、しじみに気合いを入れて歩き出すが、歩くほどに復路というヤツは「おうちにかえろぉ〜」という、何処か後ろ向きな姿勢なせいか、どうにも気合いが入らず、足は重く気も思い。元気なしじみはあっちにうろうろこっちにうろうろでリードは引きずられ、足もともおぼつかない、それを引きずり汗を拭き息を切らせながらも、我が家の玄関にたどり着いてのノンストップ・ウォーィング。全行程1時間15分、8773歩。目標一万歩はまだ遠い。
川のなかでひたすら餌をついばんでいる鴨たち、これから遠くシベリアの地に旅立つための体力ずくりの真っ最中。それを見る自堕落な我が身情けなく思う、錦秋の夕暮れ。

11月13日(土)

血と骨

【21323】

  原作者、監督、プロデューサーすべてが馴染みという、まさに東京あど弁舎の「血と骨」的な映画作品が完成し、今月の6日(土)より、ロードショー公開されている。
そして今日、はやいもので公開から1週間を迎えた。小生は試写会に招待されていたが、友人知人の制作した作品は金を払っておつき合いする、の信念から、原作は夫婦共々完読し、映画は先日小生一人にて新宿ジョイシネマ2にて鑑賞を終わっている。そう映画はたとえ夫婦であろうと、唯我独尊・・・一人で鑑賞するに限るのである。これも信念なのだ。ところで、「血と骨」の公式サイトがえらく格好いいので、是非映画共々観てください。(映画は暴力場面の連続なので、かなり緊張をようしまするぞ・・・!)

11月10日(木)

【21320】

  ここ数日前から、H新聞の朝刊に連載されている石井ひさいちの4コマ漫画が、どうにも妙な展開を見せている。なぜにそういうことになったのかが分からず、不気味である。そして今日、同じH新聞の朝刊の24面に載った記事・・・これは不気味を通り越して、人生そのものを根底からぶっ壊されそうな、超現実的な不気味感を味あわせてくれた。
もし、その現実が小生の身に及んだ場合、どういう行動をとるだろうかと思案してみたが、答えは簡単明瞭であった。理不尽にも一方的に無理難題を押しつけられ、自身が天職として選んだ道を閉ざされ滅ぼされた場合、当然の仇討ちとして、その組織その実行者個人を××する、のみなのだ。そうとう思案したが、新潟地震のようにぶち当たる相手がいない天災と違って、このような人災の場合は敵対者が明確に判明しているので・・・結論はこういう×××な結果にしかならなかった。思い馳せるだけで粗野な気分になってゆく。朝一番に読んだ記事のためすっかり気分が停滞してしまったので、しじみとともに紅葉し始めた善福寺川の天王寺橋を振り出しに神通橋〜大成橋間往復5キロを一気に完歩し爽快感を取り戻した。帰宅してみると数名の友人から「おまえの処は大丈夫か?」とのメールが数通届いていた。(当事者でなくとも危機感を感じてくれたのであろう、ありがたいものである)

15月4日(木)

獅子唐

【21314】

 ただ今NHKTVで東大キャンパスを探訪している。そういえば学生最後の年を送っている諸君は就活に忙しいことだろう。しかしこの経済不況の最中、むかし流行った(小生はリアルタイムではない)「大学は出たけれど」の歌ではないが、とにもかくにもすさまじく大変だろうな、と察する。しかしオギャーと生まれ成長し、社会の荒波が大荒れの年に人生の節目時を迎える不幸は、これまた不条理と言うほかないのである。まぁ出来の良い奴らはすでに青田刈りにて内定・・・これも世の常ならむういのおくやまけふこえてなのだ。そう〜青田刈りといえば矢野ケの庭である。今年の春に蒔いたさまざまな種苗の最期を看取り刈り取りをした。ついでに5壺ほどの庭とたかを括って耕し始め、すべての草花を処分し、全体をむき出しの土だけの庭にするのには、なんと3日もかかってしまった。我が人生初めての農作業いやはや疲労困憊で、農業のつらさを身をもって知った次第なのだ。いや、すべての草花ではなかったのだ、春の種蒔き作業一番に蒔いた獅子唐が、健気にも11月の今まで何度も何度も実をつけては、我が家の食卓を賑わしてくれているのである。濃い緑なす葉、小振りながら青々と立派な実をなす獅子唐。この調子で行くと獅子唐って越冬するのか?とも思ってしまう。というわけで矢野ケの青田刈りは、大成功なのだ。