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12月30日(木) |
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小生のお店は29日で終了した、今年の最後にやってきたのは、新宿梁山泊のM女子、彼女は農大出身という経歴の人で、牛の種付けをやっていたという。それを見込んで年明けに、我が家の愛犬しじみの爪を切ってもらう。犬の爪ってどこらあたりまで切ってよいものやらとにかく怖い。しじみは我が家に来てから8年になるが、家人共々未だに未経験なのである。先客は、作家のM正一さん、映画監督ナベさん、映画編集子k、それにM女子の4人が、小生のお店での本年最後の記念写真におさまり、ちゃんちゃんで閉店。今年はよく働いた。さぁ〜今年もいよいよ残すところ後1日。あいもかわらず酒あってのデロデロ人生だろうけど、はたして来年はどうなることやら。あまりにも正月を迎える雰囲気が薄いのでなぁぁ〜〜のも、予感も感じない。せめて昔みたいに「行く年来る年」ぐらいTV局総て横並びにしてくれたらなぁ〜。ちなみに吐夢は30日まで、鈍我楽は31日大晦日までの営業です。 |
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12月26日(日) |
母の旅立ちは野球部創立の年だった。 |
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今日12月26日は母文子のの命日。早いものであれから数えてすでに13年。その年、母が鬼籍に入る12日前には、バイクチーム最長老の内田翁の葬儀に出席したばかりだった。内田翁の晩年は、バイクで東京×会津若松を日帰りで往復するほどの気力と体力を温存していたが、いかんせん宣告された病魔に勝てるすべもなく、思いの外潔く去っていった。小生の母はと言えば遡ること平成元年ある日の明け方深夜、趣味の麻雀の最中くも膜下出血にて昏倒。以来植物人間状態にて入院生活を余儀なくされた。が結局二年後に死去するまでに意識が戻るこがなかった。そして運命の日がついにやってきた。それは平成3年も終わろうとしている12月25日に、記憶が遡る。当時、まだ多少バブルの時代の残り火があったのだろうか、たかだか10人ほどの従業員を抱える小生の小さな会社にあっても、忘年会と称して賑やかに飲み会をも擁すことができる時代だった。そして皆心地よく飲み、食い、大騒ぎのうち午前2時頃に散会した。相方と二人ふらりふらりと歩いて家にたどり着き、がばりと布団をひっかぶり崩れるように眠りこけてた。その数時間後・・・今は忘れてしまったがどんな音だったのだろう?母の入院先の病院から持たされていたポケベルの音が、酔いのままに寝込んでしまった二人に、これは緊急事態である・・・早く起きろ起きろーーーと、鳴り続け始めた。かつて何度も脅かされ続けてきたポケベルの音。エマージェンシー母が危ないの信号音。いくら酔ってもこの音だけにはすばやく反応してしまう・・・これもひとつの親子の絆。「今日が山です、いらしてください」。酒の洗礼で霞のかかった頭と身体にドバッっと冷水を浴びせられた。時計を見ると午前4時半過ぎ。 |
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12月21日(火) |
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今年終盤の映画は、シークレット・ウィンドウ、血と骨、コラテラル、隠し剣鬼の爪、パニッシャー、ミスター・インクディブルと劇場に通ったが、作品に巡り会わなかった。そのなかでも、ミスター・インクディブルは面白かった。フルCGアニメとはいへ、PIXSER恐るべしなのである。そういえば日本のアニメーションのことをアメリカでは、ジャパニーズ・マンガ・ムービーと称している。こういう言い方を耳にすると、世界各国での日本アニメーションの位置の高さが理解できるようで、これまた気分の良いことでもある。師走。ほんとうに年の瀬はなにかとせわしない。我が草野球チームホーボーズは先週土曜、日曜と連戦を重ねた。日曜日の試合は今年の最終戦。相手は、長年における宿敵、西荻ヘイガース。結果は、結成13年のなかでも最高の出来とも言える素晴らしい試合の勝ち星をいただいた。 |
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12月15日(木) |
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散歩の道すがらさまざまな植生に出合う。せっかく出合ったならばと、主なきさまざまな植物を家に持ち帰り飾るではなく・・・風呂に入れては風情を楽しんでいる。 |
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12月7日(火) |
「死」 |
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昨夜友人の父上の通夜に出席した帰り、どうにもまっすぐ家に帰る気がせず中杉通りの画廊喫茶「西瓜棟」に立ち寄り、店主と雑談をしながら茶をすすり時間をつぶした。 |
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12月6日(月) |
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週末になると天候がぐずつき気味な昨今。間の悪いことに我が草野球チームホーボーズの対戦試合は週末に組まれることが多く、この土日の二連ちゃんも、また流れてしまった。その土曜の日にはチームメートで元気者Kの父親が急死したとの知らせが届いた。例年に見ない12月の台風(27号)が本土上陸したという、奇妙な出来事の、その日である。 |
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12月1日(水) |
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劇団道学先生第14回公演「酒坊ちゃん」の再演を、新宿シアタートップスで観劇。この劇団の主宰者青山勝君は古いつきあいで、劇団旗揚げからの芝居はほとんど観ている。 |
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