平成16年7  2004.73

7月31日(土)

でか胡瓜

【21228】

 えらいことです・・・我が家の農園シリーズで明け暮れたような7月最後の日。胡瓜の棚に咲き乱れるおおきな葉っぱの後ろに、これまた特大の胡瓜を3本見つけた。
写真を見てください。胡瓜と犬の対比はあくまで大きさを強調しようとしたもので、決して我が家の愛犬しじみが生んだわけではありません。(どうですすごいでしょう!)
ここまででかくなった胡瓜を見逃すほど庭の胡瓜棚はすごい勢いで胡瓜の葉っぱが茂っている。もはや収穫は期待できないと勝手に思いこんでいた、うかつな自分にがっかり。
それにしても偉く成長を遂げたものだ。計ってみたらなんと33センチ、釣りの世界でいえばいわゆる尺もの。胴回りにおては17センチにもなっていた。もはや瓜そのもの。
今日は空腹感がないので、明日ゆっくりと調理?してみようか・・・切ってみなければ分からないが、実もスカスカで漬け物ぐらいにしかならないだろうな・・・!

7月28日(水)

チョロちゃん

【21225】

 庭の水まきの最中、どこかから放水を逃れて現れるトカゲたち・・・今日は逃げ遅れたけっこう大きめな一匹のトカゲを激写。記念に名前をチョロちゃんに決めた。

7月27日(火)

向日葵キュウリ

【21224】

 えらいことです・・・我が家の農園。その姿を見ていたら、大きくなぁ〜れ大きくなって天まで届けぇぇぇ〜〜てな歌を、その昔体操のお兄さんが歌っていたのを思い出した。初めての農園ゴッコ、種から苗から育て毎日毎日二回の水やりもすっかり板に付いた今日この頃。実った野菜たちを、先の歌のごとく大ききなぁれと、見つめ続けてきた。
見つめ続けすぎたせいで、キュウリも、シシトウもとんでもなく大きく育ててしまった。キュウリにおいてはもはや瓜と化しており、何ともいえぬ食感でこれはこれで美味しい。シシトウはまるで細身のピーマン状態、こいつはたまにものすごく辛いのに当たるので薄気味悪く、冷蔵庫にしまい込んで早数日、ちょいとしわっぽくなって出番を待っている。レモンバジルも、バジリコもとんでもない量が繁茂しているが、実をなさぬ葉物のつまらなさに、九割方をえいっやっと思い切り切り取ったが、貰い手もなく始末に困っている。このところ、これらの野菜を主材料に様々なサラダを楽しんでいる。その最中、いつまでたっても成長しない
向日葵たちが、さぁ見てくださいとばかり一斉に花をつけだした。
それにしてもこの向日葵たちの茎の短さはどうなんだろう・・・・茎の長さはせいぜい30センチ強弱のどでぇ〜〜〜んとししぶとりな向日葵に、なぜか愛くるしさを覚えだした。愛くるしいといえば、たぶんこれが最後のご奉公とばかりに実をつけた二本のかわいらしい
キュウリじっと見つめていると、その愛くるしさに、また収穫を忘れそうである。
大葉、赤紫蘇、茗荷の葉物たちもさぁ〜採って食えといっているようである・・・あと何を蒔いたか忘れてしまったが、何か出てくるやら、いよいよこの農園も佳境である。

7月19日(月)

無題

【21216】

 そもそも朝鮮戦争が勃発したのが1950年。終結したのが1953年。現在は2004年であるから、朝鮮戦争終結の日から遡ること51年の月日を、子供でも数えることができる。
今、時の人となっているj氏が従軍していた韓国駐留アメリカ軍を、20歳の時、北朝鮮に脱走したのが1965年、朝鮮戦争終結から12年も後のことなのである。そして今、テレビのニュースキャスターが「病院に搬送されたj氏は現在64歳ということですが、見た目にもその歳には見えず、あまりにも老けすぎているのが、痛々しい」。なことをくっちゃべっている。普段から頭の隅で出たり入ったりしていた妙な考えが、「そうだよなぁ〜ちょいと歳喰いすぎてるよなあ〜」と、頭上でクレッションマークの形になって飛び出た。それは以前、テレビで見たあの画面から発している。痩せ細り年老いゆっくりとタラップを降りてくるj氏。階段下では、その彼を待ちわびるhさんと関係者各位と報道陣。ふたりは互いを確認するように熱い抱擁と口づけを交わした。痩せ細り老いた男を掻き抱く女の生々しくも健康的な姿・・・その画がなにかモヤモヤした形で頭に棲み着いた。
女房45歳、亭主64歳。まぁ世間的に言えば19歳の歳の差。そんなものは身近で数多見ているので差ほど気に留めるものではないのに、このカップルは気になる、何故だろう。
女房が45歳で健康ハツラツ、亭主がよぼよぼの64歳。これかなぁ〜?j氏はもしかしたら戦争従軍兵ではないのか?そう考えると彼の歳は現在74歳。これなら得心がいく。
待てよ、そうすると歳の差が29歳。娘たちが十代後半であるから・・・止めたやめたこんなこと考えてなにになるというのだ。点が0次元、線が1次元、平面が2次元。
さて俺たちが暮らしているこの地球のあり方は立体3次元。先に四次元、五次元、超次元とまだまだ続く通りすがりの3次元世界で生き考えることの難しさには、お手上げである。だって、平面的に考えを巡らしても紙の厚さを意識してしまう3次元思考。ましてや影をどう説明せよと言われても、持ち上げるわけにも行かないしと、またも立体思考に終わる。それでは0次元世界の点を考えると、なにをどうしてよいやら、これがまるで考えがおぼつかない。男と女はそんな関係なのだと文学的言語に丸めて、人にぶつけてみようかな。 別れと出会いを繰り返し楽しんでいるかのような、ある友人の座右の銘「この世のことなど全て不条理なのさ」こんな不明瞭な明解が・・・哲学までに昇華しているヤツもいる。

7月16日(金)

ことばあそび

【21213】

 えらいことです・・・我が家の農園。ぶっといゴホンのキュウリをシュウカクしてからイツカがたった。キョウはキュウホンのキュウリのこどもをみつけたよ。

7月11日(日)

野菜群

【21208】

 えらいことです・・・我が家の農園。先日のキュウリに続いて、今日は大葉、ししとう、パセリなどが収穫できそうなので、蚊に刺されながらそれぞれを摘んでみた。
ししとうにおいては見事なまでの大きさで、葉陰に植えたため此程まで成長していたことに気が付かなかった、その脇ではパセリがわたしも成長しましたよ見あげている。
雷混じりの空を睨み、気合いを入れてしじみと散歩にでた。ついでに参院選の投票に出かけて人出での無さに驚いた。会場にいる投票者は俺を含めてわずかの3人。大丈夫かこれ。

7月10日(土)

キュウリの花

【21207】

 えらいことです・・・我が家の農園。ハーブに茗荷、大葉、赤紫蘇、唐辛子、向日葵、サボテン、名も知らぬ草花が次から次と生い茂り、後はなにがでて来るやら、興味津々。先日、庭にできたキュウリが二本しか獲れなかったと友人の奥さんに話したところ、「あらやだこの写真見て、お花が沢山咲いているでしょ。キュウリというのは次から次ぎにお花が咲いてそれが実になっていくのよ、毎日観察しなけりゃね」。知らなかった花は花、実は実なのかと思っていた。植物無知。お陰でとんでもない恥を掻いてしまった。
今日は起床と共に庭に降り、矢野ケの農林一号をしっかりと観察。つぶさに見るまでもなく、可愛らしい花を実の尖端にぶら下げた、子供のちんちん形体の棒状の実を発見。
六本の苗から生長した蔓一杯に黄色い花が点々と咲いている。ということは、まだまだ沢山のキュウリが収穫できる。これはすごい産地直送無農薬野菜として出荷しようか!
キュウリはもとより、庭いっぱいに繁茂している大葉などは、毎日毎日えらい勢いで葉を茂らせている。無農薬大葉なので、虫たちがこぞって押し寄せ、葉も虫食いの後が凄い。蟻に芋虫ダンゴムシ、蝶々、ミミズに蛙にトカゲ、そした数多の植物群。たった三坪ほどの庭でさまざまな生命の連鎖を繰り返してる。凄い、そして連鎖の頂点は明日の選挙。
台湾バナナ輸入会社役員や、喫茶店経営者には投票しない。かといってオレに入れ泣けりゃ煉獄地獄に追いやるぞの脅しにも負けたくない。さぁ〜誰に入れて良いやら参院選。

7月8日(木)

農林1号収穫!

【21205】

 えらいことです・・・我が家の農園。一昨日、毎日の水やりの成果で見つけた二本の可愛いキュウリに得も言われぬ喜びをもらってから二日。見てくださいこの成長ぶり。
本日、午後一の水やりの最中にキュウリを見ると、どでぇ〜〜んとした存在感で蔓にぶら下がっている。これまさに胡瓜。なんとも言えぬ風格さえ見せつけている。
計ってみるとなんと長さ25cm、直径4.5cm、そっと持ち上げてみるとずしりと重い。これ以上蔓にぶら下げておいてはこれからの胡瓜たちの栄養を全て吸収してしまいそうだ。自身始めての作品と言うこともあり、収穫するべきか、今少し観賞用としておいておこうか思案投げ首・・・。ふと見あげると小さなキュウリたちが数個成長過程の姿を見せる。ならばヤツらにとっての栄養補給のためにもと、勇気を奮い、二本の胡瓜をそっともいだ。いとも簡単に掌中に身をゆだねるキュウリの重さを実感し、キッチンで実を洗った。
しかし、苗を植えて方一月ほどで収穫される植物の生長の早さに驚くと共に、第一次産業の方々のご苦労が、多少でも理解できたような気がしてくる。と、同時に植物の生命力に感動を覚えるようになったら・・・それは老化の証。そのうち石の魅力に取り憑かれ・・・これ、老化のパターン。と、ほざいていた大先輩の言葉が思い出されて、怖いのだ。

7月6日(火)

農林1号

【21203】

 先週「ブラザー・フッド」を観たついでに、「白いカラス」でも観ようかと、のんびり新宿武蔵野館まで行ったところ「今回の部は立ち見です」の一言で、踵を返した。
今週は「白いカラス」に再チャレンジ。立ち見はお断りなので用心のため一番早い10時15分上映の部が始まる20分前に武蔵野館に到着したが、整理番号がすでに90番後半。
結構アナクロでシビアなテーマである人種問題を扱ったこの映画が、なぁ〜〜んでこんなに人気があるのだろうと、列に並ぶ老若男女を見ながら・・・いぶかしんだ?
映画革命とも言えるヌーヴェルバーグ後半の1959年当時。アメリカでは人種問題を扱った映画はまだまだタブーだった。それならばとフランスの俊英ミシェル・ガスト(当時29歳)が、外見は白人としか見えない黒人を主人公にしたボリス・ヴィアンの原作をもとにアメリカのタブーに挑戦した「
墓に唾をかけろ」(かいつまんだ内容は、当サイトのCINEJAZZを参照されたし)というジャズ映画がそれである。出口無しで救いようのないのテーマながら、主演のクリスチャン・マルカン、あA・ルアルディの若さが光っていた。本編ではアラン・ゴラゲール・オーケストラの演奏だった主題歌「褐色のブルース」は、その後映画上映と共に出されたアート・ブレーキーのアルバムで大ヒットした。
かように「白いカラス」も救いようのない心持ちで見終わる作品なのだが、圧倒的な演技で迫るA・ホプキンス、E・ハリス、G・シニーズの男優陣に、一人敢然と絡み合うN・キッドマンが良かった。 (まぁ〜個人的にキッドマンは何でも許してしまう)。また画が綺麗そして、なんといっても挿入曲(JAZZ)の使い方がめちゃめちゃ良く、効果的だった。このところ大上段に振りかざした刀の降ろし所を見失ってしまったような作品が乱発されている映画界で、この映画は珍しく個人的にかなり良い評価をしたくなる作品である。ということで勢い付いての映画三昧は吉祥寺まで足を延ばし、友人たちに絶対あの映画だけは観ないだろうなと言っていた映画「デイ・アフター・トゥモロー」を見に行く。
どうしてこうも簡単に、主義主張自分の言葉を裏切れるのかと想いながらの観賞で得たものは、以外や以外・・・CGの見事な効果やらなんやら・・・かなり面白いぞこの映画。
思いっきりスクリーンにのめり込んでしまった。のめり込んだと言えば生まれついての都会派が、生まれて始めてこの地上に小さいながらも、生命の種を咲かせてみた。
感動で、メチャクチャオーバーな言い回しをしておりますが・・・たった二本の小さな小さなキュウリ、なにはともあれオレの農林
1号。これを見つけたときは感動の嵐でした。

7月2日(金)

この家のフォース!

【21199】

 転居後、オレにとっては最早天国に一番近い我が家で欲望の翼を折ってしまったような無気力でなんとも致し方のない、ぼんやりした時間が急ぎ足で過ぎて、はや2ヶ月。
いまだ転居以来立て続けに起こる機器類のさまざまな崩壊怪奇現象・・・思うにこの怪奇現象はこの家の持つある種のフォースなのか・・・?
もしやもしかして、最近の無気力傾向はこうしたフォースのなせる技なのだろうか、であるなら、すでに住人の心まで支配してしまったのだろうか・・・。
そういえば、この家に引っ越してきてから我が家のパートナーに、なにかが取り憑いているのではないかと思わせる、恐ろしげな気配を伺わせるときがある。
オレといえば暇さえあれば
庭に降り水をまく、土を耕す、苗を植える、種をまく、草を摘む安息の溜息をつく。うぅ〜むフォースめっ!完全なる崩壊に飲み込まれていくのか?