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「新宿日記」 |
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相方の写真展のフレームなどを求めに新宿の世界堂へ行って来た。昔の世界堂を知るものには、隣の丸井のビルからすれば劣ること夥しいが、それはデパートのようである。 各階には魅惑の品々が揃ろっていていたって心が躍るのだが、品々に囲まれたフロアはせまっくるしく、どこか居心地のわるい。オレがいた。 今日はバルト9の外観も確認した。新宿高校があのロケーションで見れることに驚いた。周りの高層化で甲州街道が以外と狭いことに気がついた。 東急ハンズの各階のフロアを和紙を探し回り歩き疲れている自分を知り、買い物もさして楽しくなくなっている、オレを発見した。 南口の駄そばやで天丼ソバセットをかっ喰らいながらも残して辺りを窺い、その汚れた雰囲気に馴染めなく、ましてや禁煙の札に驚いている、オレがいた。 雑踏の中の中古カメラ屋のウィンドウを覗き、ライカM3が10万円台になっているのに驚くも、店に飛び込めなくなっている、オレが道路に佇む。 サクラヤのラボに写真を出しにいっている相方を待っている間だ、辺りを窺いながらタバコを吸う気弱な、オレもいた。 満員の地下鉄で重い荷物を持ちながら、は〜〜早く家に帰りてぇ〜〜なぁ〜〜と人混みと重荷に飽き飽きしている、オレもいた。 うん、今日の日記はおしなべて時代から取り残されそうなオレを発見した、新宿日記だ。 そういえば1週間ばかり前大島渚の「新宿泥棒日記」を観た、あれは1969年の作品。オレが20代前半の頃で新宿はまさにリアルタイムだった。 新宿の街を風のように飛び回っていたオレ、あれから幾星霜、街は変わり人は変わる・・・月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也 |
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アナウンス |
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今現在吐夢では、写真仲間の保光敏将くんの絵画展をやっている。やっているどころか既に二週間以上開催され、なんのアナウンスもしていない有様で、情け無い。 その情け無い小生に、吐夢店長和子自ら吐夢で写真展をやるので、案内状を作れと指令が下った。 その最中、永島慎二先生の遺作展がの案内状が、ポストに届いていた。 永島先生といえば、ラピュタ阿佐ヶ谷の館主の永島慎二コレクション展を、山猫軒で開催中も忘れていた。 さっき犬の散歩の帰りに出合ったモモちゃんは、香田さんと今年の暮れ頃に二人展をやるというアナウンスをもらう。 そういえば、石井ひとみちゃんがクラシック喫茶ヴィオロンで、ソロコンサートをやるという案内を先日俳句仲間で彼女のK氏が持ってきた。 座長青山勝くんの劇団道学先生は5月半ばで終わってしまっている、次回公演は、桟敷童子のプロデュース公演に座長の単独出演だという。 なんだかんだと身近なことから始めなければが、信条だったオレなのに・・・すぐやるっかと心を入れ替えよう! あれっ!来月の4日には、神楽坂岩戸町の、いわと劇場で行われる黒テントの「鉄砲玉」に俳句仲間の宮地成子が出演するのを観劇に行くんだった。 そうだ旧知の日本画か森山知己さんが紀田順一郎と共著で「吉備悠久」を出版、岡山の有名なお寺の襖絵、板画完成させている オレの自費出版音楽CDのジャケットを担当してくれた人形写真作家の石塚公昭さんが「」を出版、中央公論の表紙も彼のものだ やれやれまだまだなにかを忘れていそうだ・・・気合いを入れ直さなければ。 |
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嬉しいの極みなので・・・つい! |
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第43回・阿佐ヶ谷俳句草相撲は春・4月場所の2 お題は「亀鳴く」「みどりの日」でございまぁ〜す 優勝 楽が鬼関 5月14日阿佐ヶ谷俳句草相撲協会締めきりの日というのに、30年来旧交を温めている友人と麻雀をした。 よーいどんでいきなり満貫をあがったせいか、守りが甘く上っ調子な麻雀になり、結果3着という結果はその後も後を引き、その後のイーチャンも3着止まりという結果。 対面との差し馬もあることから、すでにけっこうな出費である。おまけに配パイはいつまで経ってもろくでもないので、景気づけにビールを注文しグビリと飲んだ。 飲んだ途端に国士無双リャンシャンテンの配パイに驚く。3巡めで南を引いて白と一萬のイシャテンに心臓がバクついた。 心躍らせ次のつもを引きながらそっと盲パイすると、つるりと滑って白を引いた。ここでまだ5巡め・・・これで後一万を待つ、心臓をバクバクさせながら! 9巡め、トイメンのHがおもむろにリーチをかけ捨てた牌が一萬。震える指先で一萬を差す。察したHは顔を引きつらせて「えぇ〜〜〜〜!!!」彼を指さし「ロン」 それからあとはつきにつきまくりオーラスの声を聞いた時は一人勝ち状態だった。 そして、今日は阿佐ヶ谷俳句草相撲協会の優勝盾までももらえるとは 牡牛座生まれのバイオリズムの最頂点、ごっつあんでごんす。 |
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やるっきゃないの心なのだ |
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この店の記録を収めようと映画「キャッチボール屋」の0監督が二日にわたってフィルムに収めた こうしたことでも、この店が大勢の人たちに愛されてきた名物店かが窺え、俺もことのほか好きな店だった この店に入ったのは阿佐ヶ谷にジャズ喫茶の看板を掲げた41年前のことだった その半年前には「ポエム」が開店。吐夢開店の数ヶ月後、ポエムの前に「木菟」など数軒の店が開店した。 が、「ポエム」の山之内さん、「木菟」のジェリーは早々と鬼籍の人となってしまった。 あの時代から残る夜の老舗は櫛の歯を削るがごとくに掻き消えていってしまった、特に男店主は寿命が短そうだ そして最古参だったチャンピオンが姿を消し、俺の店が最古老となったのか? 43年の長い期間、チャンピオンが入店していた建物に灯が消えて2日目の深夜 吐夢で飲んでいて胸迫るものがありチャンピオンの灯が消えた建物周辺を歩き回り、デジカメを持って撮りまくってきた 今日,i photoで整理していてチャンピオン最後の挨拶の貼り紙の文章を読み、また胸迫るものを感じてしまった 迫りすぎたからと言うわけでも、古老となったことでも何でもないが、なんとない気分で剃髪してみたら・・・ 阿佐ヶ谷の古参だろうがなかろうが さぁ〜矢でも鉄砲でも持ってこいジャズを掲げて41年まだまだやるっきゃないの心なのだ という気合いを感じませんか・・・ |
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