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映画年間240本観賞のノルマを達成したが、これだってまだまだ観続けるのでまったく達成感なんてありゃしない。 達成感は絶対あり得ないが、この方が長い人生だからゆるりゆるりと楽しめるので満足感はあるのだ。 高校一年から聴き始めたjazzは、それ専門の店を持ったお陰で未だに続いている。 それに付随したジャズ喫茶のマッチコレクションも雑誌MONOマガジンで取り上げられたりしながら同時系列で続行中。 ネットで「ジャズ喫茶マッチの旅 マッチ・ト・ラベル」というコーナーを立ち上げてから、全国からマッチを郵送していただいたり、マッチを画像で送っていただくことも増えた。 今までは現物主義だったが、マッチは皆さんの青春へのパイプラインであるので、ありがたく画像をサイトに掲載することにして、コレクション継続中。 ジャズのコンサートのポスター、芝居のポスター、映画のポスターのコレクションは増えすぎ,映画のチラシだけに的を絞り、現在重複したチラシをsoulbar鈍我楽で公開中。 その他、酒のミニチュアボトル、泥人形。ビクター犬ニッパーは101匹ワンちゃんになったので蒐集を止めて。常時同店に飾ってある。 コカコーラアイテムは、店がペインテッド・レッドになってゆくので、娘にみっともないといわれ、悲しいかな現在家の押入に渦高くしまわれている。 先日まで映画のポスター展を同店でやっていたら、客がポスターをプレゼントだと次々持ってくるので、またまた増える有様だが、これは休止。 そんなこんなでさまざまなコレクションが家中、各店舗に散乱しているこの状況、寿命も尽き果てる必定を知る年になったのに、さてさてなんのためにこんなことをやり続けるのか・・・。 カミサンはアンタが逝ったらみ〜〜んな捨てるからねと引導を渡されている・・・達観の二文字とは無縁なこの性格・・・はぁ〜どないしよ。 今日も今日とてコレクションの整理をしている俺をしり目に、我が家のしじみちゃんは何やってんだかこのおっさん早く散歩に釣れてッてよと、退屈至極。 散歩か〜ここんとこすっかり冷え込んできた。骨折治癒途中の肩が気圧をもろにうけて、痛いのなんのって散歩どころではありませんがな、といっても詮無いので行って来るか。 |
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上映前に妙に姿勢の良い親父が俺の前に座ったので画面が観づらい。さりとて替わる席も見あたらない。我慢して斜めに観ていたら画面が真っ暗になった。 今回はこの映画は駄目、かったるくて寝ちゃったのね。 なぜかというとこの映画の売れ線である時代の景色人情ノスタルジーの押し売りが腹が立つほど執拗だったから(押し売りも懐かしいけどな)。 第一作で当てた若手の奢りが露呈したのだろうが、ピンぼけで焦点が絞れなくまったくなってない。 それは時代を伝えるCGに力が入りすぎ、肝心の脚本がまるで駄目。 鼻につくような臭いエピソードを細かい綾織りで入れ子にしたばかりに、なにがなんだか話の糸がバラバラ。 ということは人物にも光が当たらないと言うことで、ドラマ映画の登場人物に感情移入が出来ない典型的などっちらけ映画に仕上がったということ。 ふんだんな餌と仕掛けで、柳の下のどじょうを狙ったら、三匹目のどじょうどころか、元の木阿弥、映画のシリーズ化も無くなっちゃったということだな。 しかしこれがあるのが客の甘さと民土の低さを誇るこの国、頼れる本家本元映画屋映画バカが、今や希少危惧種で遺物化してるからなぁ〜! がんばれ日本の映画屋映画バカ |
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火曜日仕事始めの日、満員御礼。水曜日二日目だ〜れもこなくて早々と店じまい。木曜日三日目満員御礼。金曜日四日目ちょい暇。土曜日五日目オシムがんばれサッカーのTV中継の為客もまばら。 数十年の経歴を持つ店主の俺だが、ひと月も仕事を休むと妙にバランスの取れない客足にがっくりペースを崩し気味。 かなり心身共に疲労感が伴う。こりゃ〜リタイアへの前兆かと弱気虫がでかかるも、酒が入ればそんな気分も即座に引っ込むこの性格なので、まだまだ現役続行です。 今年もあと一月半を残し映画鑑賞240本達成・・・さて年内カウントはどこまで伸びるか? 勢い込んで今日は久し振りに吉祥寺まで劇場で映画を鑑賞してこようか |
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先日11月11日は一のお酉さん。ちなみに23日が二の酉で今年は三の酉はない 三の酉がない年は火事が少ないといわれているが、火事のニュースが頻繁にテレビ新聞で発表されている こんなところにも我が国の古くからの習いの変調が来ているのだろうか なことはどうでもよろしい、どうでもないのは俺の心の変調で、リハビリの大儀からのぶらぶら病から脱出がしたくなったのだ なったのなら早速実行と言うことで、唐突でありますが本日わたくし仕事に復帰します 左肩はまだほとんど使い物にならないけど、座ってりゃいいような仕事場 本人いたって脳天気で、さぁどうなりますやら仕上げをご覧じろてな気分であります ところで今年もあと一月半を残しながら映画のノルマ240本を後二本で達成・・・しかしほとんど劇場行ってないのが心残りなのだ 心を残すのもなんだからなにか食指が動く映画をさがして出かけてみようか |
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待合室にたむろする人数の多さに覚悟のほどは決まったが、やはり名前を呼ばれるまでの長さにはヘキヘキさせられる ふと見回せば余命も幾ばくもないであろう方々もたくさんいる、世に言うところの時は金なりの哲学は患者には通用しないのだ。 名を呼ばれやれやれと腰を上げ診察に入ると案の定お決まりのように医者は俺のMRI 写真を見ながら、シカツメらしい顔をしている。 開口一番「写真を見ると剥離もまだついてなく水が溜まってますね。しかし腱も筋も切れてはいません。まぁ手術は急ぐことはないでしょう、半年後にも違和感があったらやりましょう」 そうです、医者というものはこうした断定を言える人を求め、そこから信頼というものが生まれるのだ。これが医者の格というものだ。 俺の主治医として尊敬もしていた富永先生もそういう人だった。無念にも病の上、10月いっぱいで診療所を閉鎖してしまったので、俺は医療難民的な気持ちになっている。 なんで今回は早くからこうした格のある医者に出合わなかったのか、救急車で担ぎ込まれた阿佐ヶ谷の○北病院のあの二人の医者の情けなさが恨めしい。 「今まで三角巾だけだったんですか?痛かったでしょうね。そろそろひと月ですね、今日から痛みを伴うが少しずつ肩を動かしたほうがいいでしょう。がんっばってください!」 手術は骨の接具合で半年後にという明確な言葉をいただき一月後の予約を取っただけで、急転リハビリ期間に突入という結果に気分もすっきり。病院を出れば外も上天気。心も陽気。 もうあの病院とも縁が切れたし、自分次第の結果を出せばいいリハビリ生活だから、骨折グチグチ日記は止めて軽快な話題の日記が書けるよう張り切っていこう。 張り切り始めに帰路途中にある大江戸博物館を観光してきた、お江戸観光は野暮だと決めつけてきたけれど、いやこれはまた良くできていて実に面白い。 |
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いつになく待たされ続けて90分、我慢のほどの限界点に達した頃合をはかったように、拡声器の呼び出し案内の声がした。 医者は座ったままどこか悪いのか呻きながらMRI写真を見つめたまま挨拶をし、これやっぱりほにゃらら病院へ行った方がいいね。と苦笑いしている。 心底腹が立った。この医者レントゲンもMRI写真を見ても判断できない。呆れ果て、なにやら話してる医者の言葉も遠くに聞こえる。 いったいここに通っていた3週間はどうなるんだ。アンタ方の見立てをあてに通ってきていたんじゃねぇか!バカヤロ! 見立ても出来ない医者なんか止めろ、と声に出さず喚いた。が顔は笑っている俺○くなったもんだ、くそったれ 紹介状を書くから待てとパソコンに向かいキーボードでなにやらやっている。この医者キーボード操作はプロ並だった。最近の医者もすべてパソコンだ、紹介状のテンプレートも出来てるのね。 それでは行ってらっしゃいと、俺のレントゲン、MRIの大きな写真が入った袋を押しつけられ手渡され、それではと追い出された。 結局、手術の審判は両国のほにゃらら病院へ移っただけ、まったく無意味な病院に通っていたこの3週間だった。酷い病院もあったものだ。さじをなげたぞ○北病院。 あんまり頭に血が上ったので、友達と麻雀やったり飲んだりした挙げ句、新宿ゴールデン街まで鯨飲と午前様で、その日一日不良をしてやった。 座間味路(無変換でこういう字が出た)・・・といったって誰にほざいてるんだろこの俺は、挙げ句の果ての大二日酔いなのでございましよ。ほんまに情け無いこっち。 |
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肩に板を布で来るんだパッキンのようなものを添えられ寝かされ「デリケートな写真なので動くな」と拘束され、狭いトンネルの中に挿入させられた。 やばい閉所恐怖症気味の俺は、子供時代友達の家で遊んでいたとき数人がかりで蒲団蒸しにされ、圧迫され窒息しそうになるも逃げ出ることが出来なかった、あの恐怖感を思い出した。 途端に呼吸が荒くなり、なにかあったらこのボタンを押してくださいねと渡されたボール状のものを握りしめた途端に、分けのわからない安堵感が戻ってきた。 人は藁をも掴むという言葉があるが、きっとそういうことなのかも知れない、後で考えると人の心理を利用したただのダミーボールだったのかとも思う。 安心感が戻ると同時にもの凄い回転を繰り返す機械音がトンネルの中を襲い始めたが、あらかじめヘッドホーンを当てられていたので、それは余り苦痛を味あわないで済んだ。 が、その音が狭い空間に閉じこめられている現実を思い起こさせるので、気を紛らわそうと声には出さず数字を数えてみたら、幾つまで数えたか睡魔に襲われ眠ってしまった。 「やのさ〜ん、動いちゃったのでもう一度撮りますから後4、5分我慢してくださいね」の声で目が覚め、またあの恐怖感が襲ってきた。 その短時間の間に、さまざまな閉塞された映画の場面がフラッシュバックのように瞼の裏を流れては消えてゆく。 一番恐ろしくながく思い描いてしまったのが、埋められた寝棺の中で息を吹き返し柩をひっかく女の姿・・・あぁあれはなんの映画だったのだろう。 俺の撮影は肩だけだったがトンネル内の滞在時間は数十分いた。これがもし全身MRIだったらどのくらい中に閉じこめられるのだろうと思うだけで、気分が悪くなる。 MRI ・・・思い出すだにおっそろしく二度は経験したくない、やるんだったら全身麻酔だな。 くそっ骨折などしなければこんなものに脅かされることもなかろうに、健常であるよろこびは何にも替えられないとつくづく思い知った。 さてさてこんな嫌なおもいをしてるのに来週の月曜日まで結果は分からない。その結果だって手術をするかしないかだけのこと 毎日ぶらぶらバカバカしい日々を送っているような気分になった今日のMRIという体験なのだった。 |
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