奄美大島見聞録
奄美大島にいってきた。
島内を隈無く車で縦・横断してきたのだ。
|
|
出発〜到着
6月28日
羽田発奄美大島直行便が午前6時30分発で一日に一便出ている。これに乗るには、午前5時15分までに新宿西口リムジン前に行かなければいけない。夜型の生活パターンで生きている俺達にはかなりきついスケジュールだ。早朝のリムジンに揺られ羽田飛行場に着くと、いきなり同乗した若い集団のなかから悲鳴が上がった。寝ぼけた頭をビビらした集団の叫び声とその目線に先にあったものは・・・バッカじゃなかろか・・・胴体いっぱいにピカチュウが描かれた飛行機が寝そべっているだけなのに、若者どもめ!早速・・・旅行気分を盛り上げてくれるじゃないか!俺達も多少は気分が盛り上がってきたぞ!
我々が乗る機といえば、細長い胴体に亡くなった映画監督黒沢明のデザインによるレインボー・カラーが描かれたJAS。搭乗すれば早朝の奄美行きとはいえ、ほとんど満席状態で、低い天井と1列にふたり掛けと3人掛けの息詰まるような狭い客席。座った席が26のAB・・・なんと俺の嫌いな羽の席だ。象の心臓蚤の心臓俺の心臓パックパク・・・念のため復路のチケットを確認したらやはり同じ26のAB・・・こうなったらまな板の鯉だ・・・矢でも鉄砲でももってこいてんだ〜。ちなみに機内でのサーヴィスといえば、新聞、週刊誌にコーヒーとクラッカー。至ってシンプルである。九州地方の天候が悪く航路を変更するも無事、奄美空港に降り立ったのは未だまだ早い朝の8時30分。到着ロビーの荷物受け取り場に、なんと、なんと同じ阿佐谷に住む怪奇作家<荒俣宏>氏の姿があった。<フッフフ奇遇ですな〜!今回はお忍びですか〜!まっのんびり島内観光でもしますか!>と、面識のない氏へそっと心の中でエールを送り、カウンターを出て島内に一歩足を踏み出した途端・・・暑い〜!この時間でこの暑さ・・・午後はどうなってしまうのだ〜!
|
|
初日「奄美大島初上陸」
空港前のマツダレンタカーで車をチャーター、いよいよ2泊3日の島内冒険の旅に出発。とりあえず車馴らしで北のあやまる岬に向かう、ちょと軽いステアリングに戸惑いながらもほとんど対向車に出会わない気持ちのよい道を、日頃は走りたがり屋なのに、40Kのゆったりとした速度と気分で岬を目指す。しかしそこは歩道が壊れ海を遠目に見ることしか出来ずさっさと、今日の宿泊地である名瀬市に向かう。ホテルのチェックインは午後2時・・・時間潰しに市内観光。
2時半にチェックイン、汗と疲労でべっとりしたTシャツを脱ぎバスで汗を流し、どっとベッドに横たわると、昨日ろくすっぽ寝ていない体が寝ろ寝ろと訴えかける。一気に襲ってくる睡魔に身を任せ、目覚めたときは既に6時、しかしまだまだ陽は高い。
夕食の前に名物の夕日を見ようと車で30分のところにある大浜海岸まで出かけてみた。この地では日が長いせいで7時頃が見所なのだそうだ。浜に着くと既に大勢の人たちがぼんやり海を見ている。残念ながらこの日は雲が濃く陽が沈む姿は見れなかったが、仕方なく暗くなり始めた景色のなかでオリオンビールを買いグッツとひと飲みするとそこは確実に常夏の島奄美だった。夜は、市内見物の時にチェックしておいた<いりふね>という居酒屋で2時間ばかり、板前相手におだを上げ名物を飲み、奇妙なものをつまみすっかりいい気持ちになり「明日も来るね」といい残し外に出ると、大雨だ。これも奄美名物のひとつであるスコール、ぐしょ濡れになりながらホテルに帰えり、また強かに飲み熟睡にはいった。
とりあえず今日は奄美の名物をそこそこに押さえた充実感があった。
さぁ、明日からは奄美大島大縦断だ!
続く
|
|
2日目「マングローブ原生林でオオトカゲに遭遇」
目が覚めると10時半チェックアウトがないことをこれほど感謝したことはない。当然朝食は抜き・・・サーヴィスのコーヒー券で奄美のアイスコーヒーを喫茶室で飲んでみる。昨日しこたまに飲んだ黒糖酒「里の曙」が、喉元当たりまで突き上げてくるのを、それで流し込みウ〜ンまずい!。あたりまえだ!奄美のコーヒーにな〜んの責任があるわけじゃない。奄美大島の地図を見るとどこか日本列島のミニチュア判に見えてくる。道路は南北に走る一本の幹線道路を使えば何処へでも行けそうだ。
ひとまず南を目指し走ろうと決めいざ出発。薄曇りの空を恨めしげに睨み、名瀬市の隣村奄美の中央に位置する<住用村>に入る。この村は水豊かな村で、我が国最大規模のマングローブが群生している。そうこうするうち街道沿いに<マングローブ原生林入り口茶屋>の看板を見つけ車を滑り込ませる。素っ気ない造りの茶屋でぶっきらぼーな親父に、観光船は出せるのかと聞くと、いまは引き潮で船は出せないが歩いていくと一分で原生林に辿り着けるそうな。それでは入ってみようかと入り口に立ってみると、ゲッツ!一気に谷底に向かって急な階段が延々と深間に向かっているではないか!冗談じゃないこれで一分?親父そりゃないぜ!勇気を振り絞り南洋の植物が鬱蒼と不気味に茂る階段を下りだした途端、いきなり金ぴかのオオトカゲがのっそりと現れ、気配を感じてか、ぴや〜といった感じで逃げていった。怖え〜〜!こりゃ探検早々トカゲどころか、あの恐怖のハブにお目にかかりそうだ止めた!止めた!。すごすご引き返した俺達に、親父は「なんだ!なんだ!皇太子だって雅子さんだって降りたのに情けない」と壁に掛けた高貴な方の写真を見せびらかす。そりゃハブは奄美名物かもしれないけど、わたしや長虫系が大の苦手なのよ。卑屈になった俺は思わず「ここは、いろんな人が来るんですね〜!親父さんは奄美の有名人なんだ!」と、ついおべっかを使ってしまった。すかさず親父は「そうよ!奄美に来てここを見に来ない人はいないからね!」と、また嫌みをいう!クッソ〜!探検早々挫折だ〜!何のために来たのか目的を失いだした。
う〜ん!ハブか〜わかっていたけど・・・自然と島内縦横断を目指してきたのにこりゃ先が思いやられる。
地団駄踏みながら、南の島<加計呂麻島>を目指して車を南下させる。途中<奄美アイランド植物園>の看板を見るが、さっきのトカゲの残像がそうさせるのか<まっ此処はパスだな>と呻き呟き通り過ぎてしまった。住用村を抜け、奄美大島最南端に位置し、大島海峡をはさみ加計呂麻島、請与島と多くの島々からなる瀬戸内町に入る。箱根の山を二つ越した様な気分で山間の道をひた走り、長ーい地蔵トンネルを抜けると、島に渡るフェリーの発着場がある港町<古仁屋>に到着した。昼時だというのに食堂が見つからず、町中を走り回りやっと和食の店の看板を見つけ飛び込む。これがまたメニューが少ない、その中から、な〜んてことはない天麩羅定食を食べ、う〜んとソンをした気分になり、また来ることはないであろうに「ここには二度と来ないぞ」と心に誓うバカな俺。(食い物の恨みは・・・なのだ!)一息ついたあと、港を散歩中「半潜水艦 せと」が数分後に出航するというのでそれに飛び乗る。湾外に出てから船底に案内され、ガラス腰に南海の海底に生息する珊瑚礁と、魚類を間近に見た。それはそれは幻想的世界で未だかつて見たことのない世界が繰り広がる。誠に感動もので素晴らしいの一言だが40分そこそこで2500円はちょっと高い。目の前に見える加計呂麻島には、若い頃崇拝した小説家<島尾敏雄>の碑などがあり是非とも渡りたかったのだが時間の調整が出来ず断念。とりあえず島の最東端のホノホシ海岸方面を押さえに行き、な〜んにもないので一気に南端の海岸沿いの道で最西端の宇検村に向かう。途中、奄美名物山羊汁のもとなのだろう野生の山羊が崖の上やら道路上に、やたらと出没し旅行者を喜ばしてくれる。本当にやるかどうかは解らないが、島民がこぞって山羊狩りをする姿を想像すると愉快な気持ちになった。それにしても、島内の道路という道路ほとんどが工事中で、この島の経済復興を感じさせる。そのほかの迂回路もこのところの悪天候で「崖崩れのため通行禁止」。これもいずれ工事の対象道路だろう。そんなこんなで、車の中にいればハブなんか怖くはないのだから、ちょっとした冒険心で林道には入ることが出来なかったのは残念だった。鬱蒼とした南洋樹林を切り開いて、島内を網の目のように走る道路・・・これを作るためには多くの人たちが、ハブの犠牲になったのだろうなと想像すると、また恐ろしい気持ちになった。海沿いののんびりとした街道を暫く走り、海も飽きたからと山間の道を探すが相変わらずの通行止め。<阿室釜>という小さな村でやっと、奄美の最高峰、島の霊峰といわれる湯湾岳道路に入る。山間の道路は南国独特の鬱蒼とした樹木で茂り、何時、どこでもでもハブが出てもおかしくない雰囲気だ。とても道ばたに降りて立ち小便なんて気持ちにはならない。ましてや登坂道路で、すれ違う車といえば、工事現場に向かうダンプが二、三台、後続車などまったくない寂しいワンマン道路だ。標高694メートル湯湾岳頂上を右手に眺め、ハイビスカス道路と名付けられ道端いっぱいにハイビスカスが咲き乱れる、絶好のワインディング道路を軽やかなステアリングで最西端の村<宇検>まで一気に駆け下りおりた。着いた<宇検>は、島内で貴重な動植物の宝庫だそうだが、裏寂れた集落にそれらしき物はまったく見あたらない。二、三人の老人がぼんやり話し込んでいるだけ、その老人達の先に見えるのが奄美最大の無人島<枝手久島>だそうで、多分この島がいわゆる自然の宝庫なのだろう。貴重な動物というのも気味が悪いし、ダイビングもしない我々には興味も感動するものも無い。ただ、島内縦横断するのが目的。だんだん開き直ってきた。よし、これで島の最東南西端を押さえたと得心し、サンセットビーチ、嶺山公園、国直海岸とエメラルド色した東シナ海に面したダイナミックな自然の景観を誇る<大和村>の海岸道路を、お約束の飲み屋とお宿が待ってる名瀬市に向けて北上する。相変わらず、たまに顔を出す太陽と薄曇りの天気は、奄美の夕日を諦めさせるが、淡い期待を抱いて昨日も来た大浜海岸に向かいぴったり7時に到着。運転に疲れた体にオリオンビールを流し込み、一服しながら待つが厚く覆いだした雲が<はよ、帰えんなさい>といっているので、<ほな、はよ帰りましょ>と素直に帰路についた。宿に帰り一汗流し、奄美名物<鶏飯>に挑戦。鶏肉、薄焼き玉子、野菜諸々を飯にのせスープをかけて食べる。これがまずかったら「何で、奄美まで来て猫飯を喰わなきゃいけないのだ〜」といった様子の丼飯なのだ。結果は、お土産に<鶏飯セット>を買ってしまったほど、不思議なおいしさに満足できたのだった。奄美名物<鶏飯>これは押さえておかなければいけない。部屋にかえりヤクルト×巨人戦の中継を見る。クッソッ!奄美まで来て敗戦を見なきゃいけないのだ〜と<いりふね>に直行、かなり常連も多そうな大きな店だが、この日は、客の入りが悪いらしく昨日の活気はない。覚えていてくれた板前たちに会釈し、丸一日をこの島で過ごした充実感を小座敷で過ごさせてもらう。今日は頑張って名も知らぬ赤や青い魚を刺身にしてもらったが、刺身は酢と山葵、または、甘口の醤油で食えという。郷に入っては郷に・・・は解るが、江戸前の口には、てんで、なに食ってるのか解からん状態で参った。酒で騙して押し流せば、まっこれも旅情と酔いも一塩。お勘定と表に出るとまたも大雨、「返さなくても良いのよ」という女将の情けで傘を借りてホテルに帰った。明日は東京に帰る身なのに奄美の人たちは優しく人がいい。さあ、明日は恐怖の10時チェクアウトがあるぞ〜!あした一日島の北を攻めたら、午後の6時にはこの島ともお別れだ。早く寝よう!続く
|
|
3日目「曇天の奄美最北端を目指す」
さわやかに9時起床。レストランの朝食は全くの和食だ。3日ぶりに食べる朝御飯のうまいこと。だが外を見ると雨模様。え〜い!うんざりだ〜。チェックアウトの後、昨日借りた傘を返しに、まだ開店前の店先に置いていく。ウ〜ン、俺って本当にいい奴! 此処でひとつ奄美お得情報・・・奄美に有り、知る人ぞ知る名物<与那城のつきあげ>。これは、いわゆる薩摩揚げの一種なのだが一種独特のうまさがある。店に直接行けば分けてくれる。俺は、あるルートでこの店を知りクール便で送ってもらえる段取りがついたのだ。ちょっと黒糖を使っているのか?と思わせる微妙な甘みと口当たりが最高・・・本当に上手いのだ。但し、さすがは奄美クール便だと3〜4日かかるし、輸送料が<つきあげ>を買った値段と変わらないのが痛い。お土産でもって帰るのが賢明だけれど、暖かいところだからな〜傷みそうだ!
奄美名物<ハブセンター>を後目に、さっさと車は名瀬市を後に北上、山羊島トンネルを抜け大熊漁港に車を乗り入れ、朝の潮風を浴び港の猫をからかう。その頃には天気も多少回復、運転手の俺は勢い込んであちらこちら撮影している相棒に出発を促す。大熊漁港を後に山道には行っていくと、大熊漁港を見渡せる展望台を見つけ、早速眼下に広がる名瀬、大熊両港の大パノラマに感動する。此処は住所もかわって<龍郷町>、島の北西に位置し、平家伝説や西郷隆盛居住跡、隕石の落ちた幻想的な海など多くの歴史を持つ町だ。山間に入り奄美カントリークラブをやり過ごし、しばらく走るとまた東シナ海に面した海岸道路に出る。名瀬市から近い一大観光地のせいか、れナンバーのレンタカーとたまにすれ違う。龍郷町の最北端には<今井岬>がある、やはりこれは押さえねばならないと北上を続ける。
途中道路に沿った<ソテツ原生林>を見つけ、よせばいいのに小さな入り口からソテツ、バナナ、見も知らない不気味な低い灌木が延々と茂っている原生林にノコノコ侵入。道路の向こう側に波の音がするので海だろうと見当つけて、歩いていくと、案の定薄曇りの空に紺碧な海だ。素晴らしい景色にすっかり感動し、帰ろうとする相棒と俺に待っていたのは、恐怖の迷路だった。何と、道案内がないことに気がつかなかったのだ。適当に作られた通路は、東西南北行けども行けども不気味な景色、道路方面に見当つけても歩いても道が無くなってしまう。ましてや、道路に車が通らないものだから、音で見当をつけることが出来ない。海の波音の反対側を目指すのにだんだん方向が来るって来る。ましてや低く被さるように茂るソテツの葉と葉の間に架かった色とりどりの蜘蛛が架ける蜘蛛の巣はとっても不気味。そのうちには、恐怖の奄美名物が頭をよぎりだした。いか〜ん!汗が脇の下を流れた、焦りの気持ちが押し寄せてきた!後は、相棒を引き連れメクラ滅法どこをどう歩いたやら・・・小一時間かけ、やっと視界の開けた場所に出た時の喜びといったらなかった。相棒は半べそ・・・俺は奄美名物の恐怖からズボンまで汗が染み出て全身びっしょり・・・あんな恐怖感を味わったことはなかった。こんなにも、あいつに弱いとは自分でも思わなかった!いやはや都会者は弱い!
またまた、無口になってしまった車は、今井岬を抜け龍郷町を南下、龍郷にある<西郷隆盛流刑居旅住跡>を押さえ、旅の目的地のひとつと黒糖酒工場<浜千鳥館>に着いたときは小雨降る昼の1時。館の敷地内にある食堂で軽い朝食をとり、工場見学を頼み製造過程の説明を聞く。此処で作っている黒糖酒<浜千鳥の詩>は、東京の荻窪にある<番小屋>という行きつけの酒場の定番ボトルで、すでに馴染みの酒なのだ。ここで<番小屋>のおかあちゃんに、浜千鳥のデカンタボトルをプレゼントするのが目的だったのだ。此処で飲んだトロピカルジュースはメチャ旨かった・・・一押し。
買い物を済ませ、いよいよ奄美大島1市3町3村最後の<笠利町>に突入だ。この町は奄美大島最北端に位置し、なだらかな平地と見事な海岸線を持つ。また奄美民族発祥の地であり、島内ではいち早く開かれた町だそうだ。ゆっくりとした平坦な道が続き車で走るには島内一だ。浜千鳥館を後に今一度、屋入トンネルを抜け車を北上させる。またも東シナ海に面した海岸道路を走ることになる。<さすがに3日目に入り、ほとんど海岸線(島内全て?)を走るっているので、仕舞いには海そのものに飽きてしまう>と相棒が大あくびをする。そろそろ最北端に近づいたかなという頃に、<蒲生崎観光公園>を見つけ、行ってみようかと看板の方向指示に従い車を走らせる。狭い曲がりくねった対面道路を対向車を気ずかい走らせること数十分。行けども行けども対向車どころか、目的地も見えてこない。引き返したいにもUターン出来る場所がない。ヒエ〜!とんでもないところに来てしまったと思ったが、後の祭りまたまた車内は無口になってしまった。
辿り着いた観光公園には車一台、人っ子一人居ない。そんな、ひろ〜い駐車場に律儀に停止線を守って入れる俺も小心者。案内板を見ると奥の方に展望台があるらしい。歩き出すとまたこれが、あまり人が来ないせいか草が鬱蒼と茂っている。また嫌な予感がよぎる!それでも勇気を振り絞り展望台にたどり着くと、いきなりどこからか人の声がする。「ドキッツ!なんだなんだ!」辺りを見回しても誰もいない。ジッと聞いていると、どうやら展望台に設えた無人関知案内テープが回っているらしいことを知り一安心。展望台に昇ると右に太平洋、左に東シナ海の水平線の素晴らしい眺望にまたまた感動。 それにしてもこの島はどこに行っても人が居ない。
とって返して、いよいよ最北端<笠利崎燈台>を目指す。島内でも此処だけであろう一直線に延びた道路をかっ飛ぶと、そこは最北端で行く止まりの標識が出ている。が、う〜ん、やはり此処も辺りに人影は見えない。燈台は遙か彼方の山まで延びるている階段を登って行くらしい。冗談じゃ無い・・・と燈台を見上げていると、相棒が「ウッツ!」と絶句した。「どうした」と聞くと、駐車した車の脇を指さし「何でこんなところに、花束が置いてあるの?」という。指さす方を見ると確かに花束があるが、お供えものだ。「え〜!これって これって供えてあるんじゃないか!気味悪〜!」
時間も迫ってきたので飛行場に向かい南に走り出した車内はまた無口になってしまった。
どうにもこうにも、あちこちで色々なパターンで脅かされる島で、いやはや最後の最後まで驚かされたものだ。
奄美というところは長年に渡って薩摩の統治下にいたせいか、建物風景など南国の気配は薄かった、人家の表札を見る限り沖縄風の変わった名字もないし、風習的な臭いも薄い。もっともっと、奥深く踏み入りたかったが例の恐怖のためこれも駄目。ましてや南の島の太陽の恩恵にはあずかることが出来なかったのも大きい。そのせいか、南の島に行って来たという感動はない。但し、島内で知り合い話をした人たちの優しさには、いち旅行者としてはかけがえのない好印象をもらった。とにもかくにも、奄美空港を6時半に飛び立ち羽田に着いたときは、旅行の醍醐味を満喫してきた気分で帰路についた。 奄美見聞録 終
帰路の飛行機には、取材だったのか?荒俣宏氏もやはり搭乗していた。
|