平成11年10月 1999.10

10月31日(日)すこ〜し秋の気配がしてきた 晴 
 明日のジャズ喫茶『娥楽亭』開店に追われる一日。数枚のアルバムを視聴し音の最終確認をする。
まぁそこそこの出来具合にはじめと確認しあいOKとする! 照明、インテリア、エクステリアはウ〜ンまだまだ不満足。コーヒーは阿佐ヶ谷の某店でのものを試みたが・・・もっともっと不満足。
やはりコーヒーは高円寺の『さわやコーヒー』のものでなくては満足できない。(昭和41年開店からずっとここのコーヒーなのだ)開店にはやはりここのコーヒーに決定する。
あぁあ疲れた・・・さぁあしたの開店のため早く寝よ〜!


10月30日(土)暖冬予報はあたりかな?晴
 一年365日・・・その長い一年のある一日、とても印象的な出来事が続いて起きる事がある。今日がそんな日だった。草野球チームを始めてから早20数年、一時中断しながらも8年前に再結成『ライジングサン・ホーボーズ』と名を変え活動している。詩人で大学教授の平出隆氏率いる『ファールズ』は、互いにチーム結成以来の宿敵チームだった。だったと過去形でいうのは、彼のチームはなんと恐ろしくも<プロ・草野球>を名のるほどに急成長を遂げ、監督自ら、野球の本場アメリカの<クーパース・タウン>に出向き、自球団名を『クーパース・タウン・ファールズ』とする許可を得てきてしまった。事のついでに『白球礼賛』という自著迄をもなす。止まるところを知らぬこの監督は、ついには、かの長嶋茂雄を名誉監督にレロン・リー、レオン・リー兄弟までをも選手としてに招聘するに至り、自他共に<プロ・草野球軍団>として認められるようになっていった。当然一騎当千の猛者が集まりだした。敵の球団歌にも読み込まれている宿敵である『ライジングサン』とはいえ、楽しくのんびりがモットーのチームがかなう訳がない。が、時あたかもニレミアム、世紀の終わりの締めくくりにと、今日の良き日そんな宿敵同士の対戦が松ノ木球場で夕刻5時から決行された。我がチームはメンバー不足寸前の9にんぎりぎり弱体態勢で迎え撃つ、おまけにラインナップ中8番たむちゃん9番アラヤは合わせて100歳・こりゃ不利だ〜!オレはといえばメンバーが足らないと言うのにベンチで悪態ヤジ将軍を気取り逃げ腰。
試合開始いきなりの先取点にベンチは大喜び、つかの間、守備につくと好調エース山崎の足を引っ張る野手のエラーの連続でアッという間の5点献上で大逆転。ナインの志気は消沈、しかし、セカンド今吉の超ファインプレーや、サード橘高スコアラーかおるの良く通る声援がナインのムードを湧き立てた。ひょんな事から相手ピッチャーは大崩れ(原因は言わない)。それとは対照的な山崎の大活躍は相手チームに追加点を許さず、後半再三迎える満塁、押し出しタイムリーヒットで、ついには5対5の引き分けという結果に終わったのだった。あぁ気持ちがいい〜!勝ちこそ拾えなかったが、内容は絶対我がチームのものだと確信・・・いやはやまったく野球は分からない・・・グランドには魔物が住んでいるのだよ。我がチームのメンバーが全員意気軒昂で球場を後にすると、珍しくも『ファールズ』から今年もう一回再挑戦カードの申し込み・珍しい、いやはやさぞや悔しかったのだろう。
とにもかくにも、このチームと試合をすると必ずと言っていほど強く記憶に残る印象的なゲームになるのが不思議。 球場では一年のドイツ留学から帰国した平出くんと数年ぶりに再会出来たことも収穫。
夜、石井くに子女史が3年ぶりに綺譚倶楽部に訪ねてきてくれたことも今日の収穫。
唐茄子屋が領収書を持ってきてくれたのも収穫。『全日本焼とん愛好会』会員を一人釣ったのも唐茄子屋の収穫。

10月29日(金)半袖の人もいるほどのバカ陽気
 リストラの嵐が吹きまくり、マスコミが次々と真っ黒けな情報を垂れ流し始めた。そんな煽りを食らったからであろうか、ここ阿佐ヶ谷の町の夜は人影が薄い。あど弁舎グループも例に漏れず今週は閑古鳥が異常繁殖している。今日は10月最後の週末金曜日、少しは忙しいかな?

10月28日(木)昨日と一転して猛烈な陽気 
 夕方まで温度が下がらない暑い夏のようだ。昨日、わざわざ嵐の後に来てくれた唐茄子屋譲二が、先日入会したオレに『全日本焼きとん愛好会』のメンバーズ・カードを届けてくれた。会員番号は24。この数字はオレにとってラッキーナンバーで、唐茄子屋に無理を言って予約しておいたものだ。一緒に入会した桜田門のシローさんはNO.110とは洒落が利いている。この『全日本焼きとん愛好会』名誉総裁 なぎら健壱さんの言葉ではないけれど「『なんだかよくわからないけど楽しくやりましょうよ!!』人生こんなものよってな気分で入会したが何をする会なんだろう?まっぁいっか!この会は今月号の演芸雑誌『東京かわら版』でも見開き4頁で紹介されていたりして脳天気な会でいいじゃないですか・・・のんびり付き合いしていこうか!
な〜ンの役にも立たないものって、取っとけば婆さんが溜め込んでいたデパートの包装紙や輪ゴムみたいに、何時か使い道や出番が来るもんだものな。
 午前1時半、綺譚倶楽部を終い鈍我楽に行くと客はゼロ、店長ひふみは塞いだ顔をしているので、今日はもう閉めなさいと言い残し吐夢へ行く。有り難いことにこの店は賑わっている。奥の席にいた柳亭痴楽師匠がすれ違いに帰るところにぶつかった。師匠に今度阿佐ヶ谷で定席を作りたいといったところ、二つ返事で協力の言葉を戴く。酒のせいもあるのかすっかりやる寄席作りの計画やる気になってきた。しかし、その後がいけなかったカウンターに腰を下ろすと、3〜4人左向こうにまっ黄きの長髪の男と、髪は黒いが黄色い奇声を発している女がいる。うるさい・・・実にこの黄色い声の女うるさい・・・隣に座っていた風俗研究家の江戸川小五郎に「居酒屋じゃないんだ!女が黄色い声で大騒ぎする店は最低だ!」と怒りをぶつけて店を出てきてしまった。まったく最低な店だと腹を立てているうちにあることに気がついた、いか〜ん!オレの店だった。

10月27日(水)天変地異的雷雨
 凄っごい嵐だったな〜!ごろゴロごろゴロどろドロどろりガラがらどんがらがったっぁ〜!
まったく恐ろしかった!あんな長いストロークな雷鳴聞いた記憶がない。地を揺るがす雷鳴とはこのことか?
愛犬しじみはギャンと身を震わせオレの足に身を寄せてくるきっと恐いのだろう、天に向かってウ〜〜〜と威嚇している。パソコンを切り階下でTVを見ている和子に「おっかないネ〜!テレビにも落ちそうだな!消すせよ!」「フン!大丈夫よ!」「そうかな〜!」オレとしじみは寄り添うように和子の脇にぺたりと座る。途端にTVのニュースキャスターが三重・鳥羽方面での海面の異常潮位を告げる。なにか不安を感じたのか和子はプツンとTVを切り、ラジオに切り替えた。人の心の中の変化は不思議なものだ。

10月26日(火)
一日書かなかったらこの日の行動を忘れてしまった。

10月25日(月)天晴れな天気

 半日、娥楽亭の改装とレコード運びで終始した一日だった。闘いすんで、はじめ、和子と三人で晩飯を食べに焼き肉の大門に行く。はじめはメニューを見て固まっている・・・「どうした」と聞くと<なにが何だか解らない?>とメニューを閉じてしまう。焼き肉屋など滅多に入らない若者らしく初ういしい。一通り注文しビールでお疲れ乾杯。はじめにはビビンバで腹を膨らませる作戦でタン塩、上カルビ、ロースなど肉を少な目に注文。オレは先日発作を起こした痛風の天敵レバ刺しの一切れ一切れを、ウ〜ン久しぶりと大事に食べる。間隙をついてはじめがレバ刺しに手を伸ばす「バッカやろう!若者がこんなものを食うと鼻時が出るぞ!」と一喝するも、最早レバーは奴の口の中。鉄板の肉もあれよあれよと奴の口に消えてゆく!結局作戦は若者の食欲には勝てずお変わりの嵐。くそっ!羨ましいしいほどの大食漢。聞けば「オレきらいなものないっス!」と豪語する。それでも呑んでさんざ食って3人で一万チョボチョボ・・・本当にここは店は綺麗、店員の態度はいい、肉は旨くて料金はお手頃、阿佐ヶ谷一番のお奨め焼き肉屋だ。そのあと鈍我楽で西上原夫婦に出会い12時近くまで一緒に呑む。明日は、ランボオの堀さんの3周忌館林まで墓参りに行くそうだ、オレの分も拝んで貰う約束をして帰宅。先に帰宅した和子の用意する刺身を食べ、焼酎の水割りを飲み、ぼんやりTVを見ているといきなり睡魔が襲ってきたので、オレには珍しく1時前に床についた。力がなくなってきた、これってやはり歳なのかな〜!


10月24日(日)?今日の天気は分からない
 昨夜10時半頃からビールを飲み始めた。明日は休みだと気が緩み軽く飲み始めたのが運の尽き。トマ酎、ビール、日本酒、ウーロン酎と呑み進めていくうちに止まらなくなってしまった。この飲みをする人は大概、自分のあまり良くない体調を騙し騙ししているうちに、酒の種類をかえていくからこうなってしまうのだと思う。という訳で最近のチャンポン・パターンが始まった。典型的な意志の弱さと自虐性、下戸の人には理解不能だろうな。
3軒目の店で仕上げのハイボールをガバガバ飲んだところまで覚えているのだが、何処をどうやって帰ったのか?  朝目が覚めると昨日のことが、あるところからがすっぽり抜け落ちている。おまけに大二日酔いの症状三点セットが揃い踏みで襲ってくる。今日は娥楽亭の開店用のレコード入れ替えをしなければならないのにと勇気を奮ってはみたが、腹を抱えて5〜6分おきに便所に飛び込む、こんな状態ではとてもじゃないが外出など望めない。娥楽亭の店長はじめに最悪の状態を白状して今日のスケジュールは全てキャンセルして貰った。まったく幾つになってもだらしない。だらしないのはそんなことでは済まず、ゆるい腹具合を警戒する余り部屋の片隅に陣取ったオレはTV観賞と惰眠の繰り返しで、とうとう一日が終わってしまったのだ。だから今日の天気は分からない。

10月23日(土)素晴らしい日本晴れ
 <庵>に蕎麦を食べに行った。この店は昔フジテレビ通りにあり評判をとった店なのだが、フジテレビの移転でこちらに引っ越して生きたのだ。阿佐ヶ谷ではオレ一押しの店なのだ。
 重たい引き戸を開けると、土曜日のせいか以外に混雑している。奥の席に見たような人がいると思えば渡邊孝好監督夫妻だった。日本晴れの昼の2時お銚子を前に夫婦で談笑している、粋な姿だ。昼酒が滅法苦手なオレは、まだこのスタイルが出来ない。同席し今度監督が撮る2時間TVドラマの話を振ると、なんと明日の夜、主役の陣内と数名の俳優の2カットを、阿佐ヶ谷の駅前で3時間ばかり撮影するという。近くの人暇があったら行ってみたら。オレも一生に一度くらいエキストラでもいいから出演させてくれないカナ〜!まぁ無理だべな!
せっかくの夫婦の時間をお邪魔するのもなんなんで、脇の小上がりに席を取り今日のお奨めユズ切り1点5倍を頼む。つるつるっと食い終わり、のんびり杯を傾ける二人に挨拶をして店を出る。5〜6分も歩くと小腹が空いてきた。あそこの蕎麦は本当に旨いのだが、まったく腹に貯まらないのが玉に瑕(無粋と言うなかれ)。
一歩進むたびに胃が訴えかけてくるの。散歩コースにある贔屓の鳥屋さんでは<もも焼き大二本>を買い、阿佐ヶ谷名物米沢シュークリーム(ケーキ屋)で生シューと、超ミニシューを買い家に飛んで帰り、パクつくと愛犬しじみが頂戴をする。
暖かな日本晴れの午後の一時だったが、今4時、窓を開けパソコンに向かうこの部屋にも寒さが忍び込んできた。

10月22日(金)晴
 ジャズ・ストリートは必ず晴れる。今年で5回目だが雨の記憶がない。
鈍我楽の1セット目は7時半開演というのに、7時過ぎた頃にはすでに立ち見の客でいっぱい。それでも次から次に現れる人たちにボランティアの人たちはてんてこ舞い。ドジなオレは、ボランティアの人に唯の野次馬と間違われ中に入れず外で立ち聴き。第一回目のセットからがんがんドライブしぶっ飛ばす川嶋グループに観客たちも大興奮。三セット目が終わり入場者数を数えたら、なんと161人・・・三セット120人が限界の店なのに驚きました。どうやって押し込んだのだろう・・・何はともあれお疲れさまで乾杯!

10月21日(木)晴
 今日はジャケットが鬱陶しくなるくらい暖かかった。が、退屈な一日には変わりない。なにか無いかと思うと何かあるもので、今世紀最後のジャズ喫茶<娥楽亭>のポスターを、明日からのジャズ・ストリートにぶっつけるためデザイナーの佐々木君に造って貰う。さすがプロ仕事が速い。早速、新店長になる<はじめ>と二人で町中に貼りに行く。<はじめ>は人の店の前に勝手に貼り怒鳴りつけられている。まったくバカなのかまったく良い根性している。まっ・・・なにがあっても、とりあえず明日からは阿佐ヶ谷の町はジャズ一色になるということだ。

10月20日(水)う〜さぶい!
 寒さのせいか阿佐ヶ谷の町には人の姿はちらほらと寂しい。
昨日も寒さのせいか昨日も今日も閑古鳥が、あど弁舎グループで俄に繁殖・・・やんなっちゃう!
おまけに風邪ぴきが多くて・・・オレも江戸っ子はやりものに弱い・・・。気〜つけよっと!
この日記とてもおっさんの文章とは思えない・・・オレも若いな〜!

10月19日(火)寒い
 昨日夜8時から阿佐ヶ谷の<あるぽらん>で恒例のATOM写真会に出席した。
このところ娥楽亭のリニュウアルにかかりっきりだったオレは、気分がそっちに行かずカメラを持って外出しなくなってしまったので、当然作品もない。というわけでエ〜イ儘よ!撃ちてし止まぬと出来の悪かった昔の写真の中から多少ましな奴をチョイス。しかし見れば見るほどそれはそれ、当然ボツにした写真で良いわけがない。が、欠席するよりまだましかと言い聞かせ負け戦覚悟で出かけてみたが、気分は余り乗らない。
 会場のアルポランでは常連たちが勢揃い、最早赤みを帯びた顔と顔、テーブルにド〜ンと乗ったおでんの大鍋をつついて賑やかに<遅かったじゃないと>俺を迎えてくれる。暫し呑んで騒いで大笑いしながら作品の選考も終わると、もはや結構な時間になっている。いよいよ結果報告が始まり、刻々と優秀作品が張り出されていく。優秀作品を見れば、あいも変わらず力のある和子の作品が上位を占めている。品評会もそろそろ終わりに近づいて、やっとオレの写真が選ばれたがギリギリの5等賞。規定通りの5枚の写真を提出したが4枚は無得点。いやはや当然ながら見事な惨敗に終わったものだ。そんなわけで、神も出雲に出張の世紀末最後の10月、痛く精進が大切なことを思い知った寒い夜だった。ものは試し、写真の詳細は
「ATOM写真倶楽部」を見て下さい。
10月17日(日)晴&寒い
 何時来てもおかしくない関東大地震。数十年来るぞ来るぞと言われ続けている。もう、世界中あちらこちらで大地震のニュースが続いているので、地震に弱いオレは、人一倍こやつには気をもまされている。
今日も今日とて3.8の地震が栃木の今市であったそうだ。
さぞや、あっちの人たちは驚いたことだろうな・・・
栃木で地震とはあまり聞いたことがないけど珍しいのかな?
それにしても今日はなんという寒さだろう、休日だというのに愛犬しじみの散歩以外外出は控えている。

10月15日(金)時雨
 最近、机に座りパソコンを立ち上げると、唐茄子屋と横目家助平の日記を覗きに行くのがすっかり習慣になってしまった。この日記を書くきっかけになったのも、この二人の影響だ。オレが見に行くことが習慣になるのなら、オレの日記を見に来ることが習慣になる奴もいるだろうといった、やましい気持ちが働いたことも確かだが。
そんなわけで今日も書いてみよう・・・。
 日曜から今日で5日目。不眠症状態もどうにかこうにか何時もどうりの生活リズムに戻った。
それと同時にの足の痛み(持病の痛風)も引いたようなので、部屋のなかをドタドタドスドス歩いてみる。
TVを見ていて物音を聞きつけた妻のお言葉「治ったの〜!しじみの散歩に行っておいで!」のご命令。
「へ〜い!行って来や〜す」とドアを開けると秋の気配いっぱいの時雨空。
とって引き返しグリコ狐目の男ファッションに着替え、「行くぞっ!」と一声かけるオレを後目に、リードをグングン引っ張るしじみの後ろ姿に、「ウン!元気がなりより」と心に聞かせ小雨降る町に繰り出した。
 普段見慣れたいつもの散歩のコースも秋の雨空か、病み上がりで久しぶりのせいなのか、とても新鮮な町に見えてくる。町行く人たちのファッションも、衣替えしたおしゃれな秋にふさわしく、何処かシックな色合いで、行く夏の若い娘たちの危なげな素肌をもかき消していた。(ウ〜ン!なんという文学的な表現だろう!)
小一時間の散歩から帰えると、散歩に送り出した後で作ってくれていた妻の心づくしの鍋焼きうどんが待っていた。今日の一日の出だしは秋が来たというよりも、一足飛びに冬を迎える儀式のようだった。
 先に書いた、唐茄子屋と横目家助平さんとオレのホームページの日記に共通する話題があるのだ。な〜んだ!

10月12日(木)
今日で三日目。在宅にも飽きてきたよ〜!
おまけに現在明け方の4時。
やはり昨日と同じ瀕死の状態だ〜!
誤魔化しながら日記を書いてみたがこりゃだめだ〜!
助けてくれ〜!
もう駄目だ〜!
よ〜し、呑んじゃお〜っと!

10月11日
昨日に続き、酒を一滴も呑んでいない。眠れない、参った。寝ようとすると口の中いっぱいに唾液が上がってくる。舌の根が痛くなってくる。いろいろなことが走馬燈のように浮かんでは消えていく。眠れぬという事ってこんなに辛いものなのか。不幸な出来事ばかりを考えてしまう・・・。いま何時だ?おや、まだ外は暗いじゃないか。時計を見ると午前6時・・・エッ!こんなに日の出が遅くなったのか、この間まで白々した町中を朝帰りだったのに。そんなこたぁどうでもいいよう・・・寝かせてくれ〜!ふと横を見れば猫のむーちゃん、愛犬しじみを両脇に挟み妻は盛大に高いびき。このヤロメ!寝れないよ〜!白々としてきた外の気配は最早午前8時、町内も何処かざわつき始めているようなので新聞を取りに階下におり、ついでに庭に水撒き。ことのついでに車の洗車。なにやってんだ〜オレは!新聞を読もうとすると、眠れぬ頭はボーと重い、新聞なんか読んでられっか!頭を掻きむしって居間に倒れ込みTVを付けバカ番組を見続けて午後1時・・・バカ番組のお陰か!やがて意識がす〜と消え入り始めた。目が覚めると、なんとなんと夜の7時、妻も居ない。異変を感じ心配したのか愛犬しじみがオレの股ぐらで添い寝。

10月10日
 勢い余ってまた、朝方まで呑んでしまった。最後の店にたどり着いたときは午前4時半。この時にはすでにビッコを引いていたのだが、酒の力がそうさせたのかカウンターに座ったときにはもう、ドガチャカドガチャカ状態。ゴーンと呻りを上げる頭を抱えながら目が覚めると足が・・・足が〜〜〜〜!足が〜〜〜!ヤッバ〜イ!発作が〜〜〜!そうなんだ、持病の痛風の発作が出たのだ。薬も切れているじゃないか、こんな事に限って病院がやってない連休なのだ。でも何時もほどではないぞ、すこ〜しは歩けるじゃないか!ラッキー!しっかし痛風これはイテーな〜!まぁいいか。今日は一日うちに居よ〜とっ!と、いう訳で、荻窪のピエロで借りていた村松友視の「酒場横町の人々」を読破(あまり面白くなかった)。ついでに細野不二彦のコミック「ギャラリーフェイク」全12刊を読み終わる。う〜目が痛くなってきた。(これは本当に面白いのだ。短編読み切りにするには惜しい)
深夜、久しぶりにhpのジャズ喫茶マッチの外国編を編集。
お〜お〜!家にいると随分いろんな事ができるじゃないか。在宅型生活もまんざらじゃないな、などと悦に入っていると、愛犬しじみが<散歩に連れて行け〜!>としなだれかかってくる。こりゃ困った、すっかり忘れていたぞ、明日からどうしようか、しじみちゃん。すまぬすまぬと謝りながら机に座り続けるオレでした。

10月9日
 今日は娥楽亭の漫画売り出しの初日。ま〜3時から開店とのんびり新聞を読み始めたのが午後11時半。放射能事件も薄れゆく紙面に目を通していくと、夜型の我が家にしては早めの電話が鳴った。受話器の向こうから聞き慣れない中年男の声が・・・こういう声は決して物売りの声ではなく、不幸を告げる声だということを本能的サッチしながらも用件を聞く。
「もしもし、そちらは娥楽亭のオーナーのお宅ですか?」
「あっハイそうですが?」
「ビルの管理事務所ですが、今日お宅でなにか催しものをするのですか?」
「え〜・・・3時から漫画の安売りをします」
「そ〜なんですか!あなた!午前10頃から店の前に7〜8人並んで待っていますよ、かわいそ〜ですよ!来てやって下さいよ」
「エッ〜エッエッ本当ですか〜?参ったな〜!」
「とりあえず、いそいでいきま〜す」
「オネガイシマスヨ〜〜〜!」
驚いたね、まったく・・・恐るべし漫画、たいして宣伝なんかしていないのに・・・!
トルモノモトリアエズ押っ取り刀で駆けつければ、な〜んとそこには誰〜れもいない。なんのこっちゃ〜!
原因は、管理人がオレを呼んでおきながら、並び人たちに3時からだってよ〜!といったこと。
ものの分からぬ管理人じゃありませんか、まったく。
しかしこの日一日で、なんと7万円近くもの売り上げで沢山の漫画本が売れていった。どれもこれも50〜100円の本が。恐るべし漫画だ。それでも、まだまだ唸るように店内に残る漫画本の山・・・だ。

10月7日
 オレの隠れ家綺譚倶楽部に、落語協会の横目家助平師が、落語プロデュース唐茄子屋の横須賀譲二くんとやって来た。師とは唐茄子屋を介してメールの交換をしているが、まだ面識はなくこの日が初対面。綺譚倶楽部は、何時になく早い客足でカウンターは賑やか。酒の飲めぬ助平師は穏やかななかにも何処かド〜ンと肝の据わった男前でウーロン茶を、相方の唐茄子屋は一人グビグビ。助平師は高座で拝見したことがある。が、素の助平師はちょっと違って見えた。何処が違うかといえば、何処が違うんだと自問してしまう。
それはやはり、修行という世界に生きている人たちの臭いで、呆然と野にいる人とは違うものを感じさせてくれる気配だろう。そんな人のなかには一目会ったその時に愛が生まれることもある・・・は、古い言い回しだが、男でも女でもファースト・インスピレーションという奴がそうさせることは信じて止まないオレなので、この人は当たり。

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