MusicBar
鈍我楽
DONGARA
1993年開店
mixi

 
JazzRoom
吐夢
TOM
1996年開店
mixi

 究極の隠れ酒場
○○倶楽部
1997年開店

東京あど弁舎の閉店した店舗

JazzSnack
鈍我楽
1970年開店〜1994年5月31日閉店

jazz漫画食堂

娥楽亭
1989年開店〜200年5月31日閉店

jazz喫茶

吐夢
1966年開店〜1976年閉店

昭和41年、JAZZ 喫茶吐夢は開店したストーリー

1966年、阿佐ケ谷北口スターロード通りに、キャメルのタイル絵が描かれたマッチ箱のようなビルがあった。
アンダーグラウンド大流行の時代に、21才の若者だった俺
(矢野)は其のビルに穴蔵のような地下室があることを知り、即座に親を懐柔し予定の行動に移った。それは、其の穴蔵でジャズ喫茶を開店させることだった。矢野はまず店の名前をいたずらに夢を見ると言う意味を込めて<徒夢>と命名した。
看板屋をやっている友人の親に格安で造って貰ったその照明看板は、あっけなくも開店三日目にトラックに引っかけられて、ぶっ壊れてしまった。若い店主は即座に店の名を変えた。今度は夢を吐いたのだから<吐夢>と名づけた。数日後、いかにも飲み屋の女将さんらしい女性がやって来て鼻息荒くこう曰った・・・
「あんたぁ〜吐夢の名前を勝手に使っていいと思っているの、吐夢ちゃんに断ったの・・・・?店主は何処にいるのよ!」
「ハア〜俺がやってるんですけど・・・」
「あらぁ〜若いマスターね〜!本当なの、あんたツバメでしょ!まあいいわ、あんたなんにもわかってないでこの名前を付けたの?」
「ハイ〜・・・!」
「これだから若いもんはしょうがない・・・吐夢ちゃん知らないの〜あんた!」
「ハイ〜・・・!」
「吐夢ちゃんは立派な映画監督なのよ〜それで、あたしはね!新宿と阿佐ヶ谷でお店をやってるのよ!新宿の店にね、吐夢ちゃんが来るのよね。古い常連なのよ・・だからこれを見逃すわけには行かないのよ。わかるっ!」
「ハア〜〜・・・」
「うぅ〜もぉ〜しょうがないわね。あんた<飢餓海峡>って映画見なかったの〜!」
「あっ、あれっスか!な〜んか暗そうで見てないんスよ」
「うぅ〜も〜しょうがないわね〜!観てらっしゃいよ〜!そしたらあたしが吐夢ちゃんに許しを貰ってあげるから〜!」
「えっ、そうスか〜!そう言うことなら必ず見まっス!」
「よし!若者はそうでなくちゃ〜!」
気をよくした彼女は其の後、気っぷのよいおばさんに変身、若いマスターにこまごまと人生のアドバイスを言い残し颯爽と帰っていった。
その後、知ったことだが其の女性の名はおりゅうさん。新宿には有名な文壇酒場おりゅうを、阿佐ヶ谷にはえにしという店を持っていて、其の世界ではかなりの有名な女傑だった。またそれ以後は、おりゅうさんには大変によくしてもらった。
数日後・・・
「あんた、吐夢ちゃんのお墨付きを貰ってきてやったよ!」
と、おりゅうさんが、一枚の紙切れを差し出した。
そこには、紛れもないお墨付きと「内田吐夢」の直筆のサインが書かれていた。こうして吐夢の名は、名実共に矢野の店のものになったのだ。
其の直筆のお墨付きは、物を大切にしない若気の至りと、引っ越し引っ越しの生活の中で紛失してしまった。
(なんでも鑑定団物だったのに残念なことをしてしまった)
だが、30数年、今だに吐夢の名でジャズの店をやってこれたのは、亡くなってしまったおりゅうさんをはじめ沢山の人たちとの、こうした諸々のとっておきの思い出があるからだと心から信じる、今日この頃・・・。皆さんとっておきの良い思い出を作りましょう。